亜空間を進め

第170話

 第二詠唱と呼ばれる呪文が始まる。私とマイカちゃんは星の動向を見守っていて欲しいと言いつけられていたので、星空のような何かを見上げ続けた。


「何も変化は無いわね」

「……今、右の端っこの星、色が変わらなかった?」

「え? どこよ」

「ほら、あれ」

「……そう?」

「いや、ごめん。気のせいかも」


 小さな点のような光は、「何かが起こるかも」と思って見ていると、何も無いのに何かあるように見えてくる。ダメだな、私多分こういうの向いてないや。

 横をちらりと盗み見ると、マイカちゃんはすごく真剣に光を睨み付けていた。私の体なんだけど。私、仕事中ですらそんな真面目な顔してないかも、ってくらいの表情だった。もしかすると、私の体で注視していると、何か感じるのかもしれない。精霊とか女神とかそういう力が作用して、さ。


 後ろからは三人の詠唱が聞こえ続けている。三人とも、重ねた手に視線を落として、囁くように何かを言っていた。レイさんがさっきよりちょっとだけ早口なので、二人とも付いていくので精一杯のようだ。星の様子を気にしている余裕は無さそう。


 これといった変化が見られないまま時間が経ち、少しだけ焦ってきた頃、浮かんでいる星々が震えているように見えた。目の錯覚か? いや……。


「ねぇ……あれ、少し動いているわよね……?」

「う、うん。やっぱりそう見える?」

「えっ」

「ちょっ」


 気のせいだなんてもう思わない。光はよろよろと移動を始めて、元いた場所が分からなくなるくらい縦横無尽に黒い空を移動した。天変地異を見てるみたいでちょっと怖い。


「何か、強くなる……!」

「へ?」


 マイカちゃんがそう言うのとほぼ同時に、光が一つ、また一つと、ゆっくりと重なっていく。周囲の星を吸収した光は少しずつ輝きを増していき、その変化を私達がレイさんに教えるまでもなかった。徐々にこの空間が明るくなっていく。

 三人とも詠唱に集中しているので、呆けたりはしないけど、きっと空で何かが起こっていることは察知しているだろう。


「あっちの星が重なったら、浮かんでた星が全て一つになることになるわ」

「……何が起こるんだろう」

「さぁ。レイにも分かってないみたいだったし、とりあえず備えておいた方が良さそうね」


 私達は話をしながら半歩下がる。できるだけレイさん達に近寄って、小さくまとまるようにその場に立った。

 星と星がゆっくりと接近する。光を吸収して大きくなったそれが、遠くまで飛んでいったそれを吸い寄せているように見えた。あの大きな光だけは、恐らく一度もあそこから動いていない。


 空を眺めているとマイカちゃんが言った。「間違いないわ、あれが巨大転送陣への道よ」、と。

 道……? 空にあるのに……?


「上手く言えないけど……でもそうよ。あの光はきっとセイン王国に続いている。外の気配がするの。こちらからの呼びかけに呼応して、巨大転送陣が接続を始めた感じっていうか……うーん……」

「……ううん、分かるよ。マイカちゃんが言ってることも、自分が感覚で理解したことを人に話すことの難しさも」


 だって、私はこれまでずっとそうやって生きてきたんだから。魔力が無い人の中には、精霊や女神の気配をオバケみたいなものだと思ってる人も少なくない。何度も「あいつ何言ってんだ、ヤバ」という目で見られてきたから、今のマイカちゃんの歯痒さは痛いくらいに理解しているつもり。

 それに、発言の内容からするに、悪いことは起こっていなさそうだ。つまりは、きっとあの光が重なる瞬間、道は開けるということだろう。


 後ろで聞こえる詠唱もなんとなくクライマックスを迎えている感じがする。レイさんの声が止んで、続けてフオちゃんとクロちゃんの声も止む。空に浮かんでいる二つの星が重なって、暗かった世界が真っ白に飛んだ。


 何にも見えない。

 本当に。

 何も。


 耳鳴りがして、目を閉じているのに、まぶたの裏まで真っ白で。

 視界が白くなっているんじゃなくて、私の見る光景が何かの力で真っ白に塗り潰されているんだって理解した。

 浮遊感はあるけど、気持ち悪くは、あちょっと待って、え、やっぱ気持ち悪い。

 待って待って。めちゃくちゃ気持ち悪い。白以外何も見えない世界で、上も下も分からなくて、耳鳴りのせいで人の声も聞こえない。なのに体が浮いている感じだけが強烈で。

 あ、吐きますね。これは吐きます。


 亜空間にキラキラを残してくってヤバいけど、仕方がない。この衝動に抗う手段があるなら誰か教えて欲しい。


 視界に色が戻って、地に足が付いたのを感じながら、私は盛大に地面に手を付いて口からキラキラを吐き出した。


「これが転送陣……!?」

「マジでデカいな……!」

「しー。それじゃ、管理塔にって……ちょっと、マイカちゃ……じゃなかった、ランちゃん。大丈夫?」

「ね? 吐くでしょ? その体」


 どうやら無事に巨大転送陣を抜けてきたようだ、ということと、レイさんが私が吐いていることに気付いていることは分かる。でもなんで……なんでマイカちゃんはそんなに得意げなの……。

 私はフオちゃんとマイカちゃんに支えられながら立ち上がって、すぐに管理塔へとワープした。私がしたゲボも一緒に付いて来たのを確認して、なんとも言えない気持ちになった。

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