第108話

 屋上に向かう階段の途中で、ルークはぽつりと言った。「神話が本当なら」と。私とマイカちゃんはその神話とやらを、ノームさんから聞いた話でしか知らない。そういえば分かりやすくするために色々と端折ったって言ってたっけ。


 扉を開けて屋外に出ると、ドラシーとじゃれ合っていたクーが顔を上げた。クーの反応に気付いて、ドラシーもこちらを見た。


「神話にはね、エモゥドラゴンは」

「クー。私達と一緒に来なさい」

「ちょっ、マイカちゃん」


 今ルークがすごい重要なこと言おうとしてたじゃん、絶対。なんで遮るの。ツッコもうにも、彼女の真剣な表情に、私は何も言えなくなってしまった。話を遮られたルークですらマイカちゃんとクーのやり取りを見守っている。


「クー……?」

「一緒に来る為には小さくならないといけないの」


 小さくぎゅっぎゅと丸めるようなジェスチャーと共にそう伝えると、クーはマイカちゃんの動きの真似をしてニコニコしている。違う。違うよ、クー。でも可愛いから指摘しにくい。

 その様子を見守っていたルークとフィルさんはほとんど同時に吹き出していた。私もつられて笑いそうになったけど、なんとか堪えた。

 きっとクーは、私の言葉なら理解できるはずだ。だけど、あんなに一生懸命心を通わせようとしているマイカちゃんを差し置いてそんなことをするのも野暮な気がして、もう少しだけ見守ることにした。


「違うわ。クー。変な動きごっこをしてるんじゃないの」

「ク?」

「あーもう……いいわ」


 マイカちゃんはそう言って左腕をクーに見せつけるように前に出した。右手でとんとんとその腕を叩いている。


「分かるでしょ。ここにとまりなさい」


 それ、失敗したらさすがのマイカちゃんですら腕壊すと思うんだけど大丈夫?

 私の心配を他所に、クーは数回羽ばたいて体を浮かせると、マイカちゃんの腕に足を乗せようとした。

 私が止めに入ろうとしたその瞬間、クーの体はみるみる小さくなっていって、腕に足が付く頃には大きめの鳥くらいのサイズになっていた。


「ちっっっっっさ……!」

「ダメ元だったけど、アンタこんなに小さくなれるのね」

「クッ!」


 体が小さくなったからか、クーの声は随分と高くなっていた。マイカちゃんの腕を伝って肩に乗ると、辺りをきょろきょろと見渡している。そこが気に入ったようだ。


「神話にね、ノームが穴に落としちゃったカギを取りに行ってくれる話があるんだよ」

「え? ノーム?」

「うん、ノームっていうのは主人公の青年の名前だよ。ま、とにかく、だからそれくらいは小さくなれるんじゃないかなって思ったんだ」


 ルークの読みが当たったのは分かったけど、私は突然出て来た名前に驚きを隠せなかった。マイカちゃんも、目を大きく見開いてこちらを見ている。


「何? 二人とも」

「……龍の棲み家のおじさんと同じ名前だったから、ちょっとびっくりしちゃった」

「えっ、そうなの?」

「神話の青年はキリル族という、エルフよりも寿命の長い種族だったらしいから、全てが真実だったら逆に辻褄が合いそうね」


 色々気になることはあるのはみんな同じだったみたい。それぞれが口を噤んで何かを考えている。それを打ち消すように、大きな破裂音が空に響いた。


「おっ! 始まったねー!」

「でっかいわね! ハロルドのとは大違いだわ!」

「こんなにおっきいの見たの、生まれて初めてだなぁ」


 大きな花火が空に舞って、少しのあいだ私達の顔を照らす。すぐに暗くなって、また明るくなる。できればこの時間を最後まで過ごしたかったけど、それはダメだ。

 私達は発たなきゃならない。世界が本当に平和になって、本当の意味でハロルドを守れた時まで、この夜はとっておこう。

 横を見ると、目を輝かせた付け髭美少女がいたので、なんか今考えてたこと全部台無しになった。マジで付け髭取って欲しい。


「……それじゃ、私達」

「分かってるよ。兄貴は配達終わったあと、祭りの手伝いさせられてるから。二人のことは私から伝えておくよ」

「ありがとう。本当は直接挨拶したかったんだけど」

「いいって。兄貴、ああ見えてめちゃくちゃ寂しがりだから。捕まったら明日の朝までかかるよ?」


 ルークはそう茶化すと、腕を組んで笑った。

 寂しくなるな。本当に。


 私はドラシーの頭を一撫でさせてもらって、長い首をハグさせてもらった。マイカちゃんも同じようにして、クーも何かお別れっぽい言葉を伝えている。

 ドラシーは凛々しい顔を悲しげに歪ませて、何度も頷くように首を振っている。ハイワイバーン式のバイバイなのかもしれない。


「それじゃ。またね」

「うん。二人とも、これからも仲良くね」

「そっちこそ」


 それから荷物をまとめた私達は握手をかわして、屋上を下りた。


 私はフードを、マイカちゃんはハットを被って街に繰り出す。奇抜なファッションのヤバい人がいると注目されるかもしれないと不安だったけど、この街にいるほとんどの人たちが空を見上げていた。

 誰かが私達に気付く様子はない。世界中に置いてけぼりにされたような感覚が不意にこみ上げたけど、これでいいんだ。狙い通りなんだから。

 それに、隣にははぐれないようにとしっかりと手を繋いだマイカちゃんがいる。付け髭してるけど。

 世界中に置いてけぼりにされようと構わない。どうせこれから世界の端に向かう旅だ。連れ立つ相手がいるだけ幸せなんだ。なんか付け髭してるけど。


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