空の旅という選択肢
第109話
ほとんど開放状態になっている西区の門を出た私達は、夜の内にできるだけ離れられるようにと休まずに足を動かした。一日中お祭りで歩いてたから脚は結構疲労してたけど、こればっかりは仕方がない。
門には一緒にドランズチェイスを観戦したおっちゃんも居て、挨拶したくなったけどぐっと堪えた。できるだけ静かに出ていかないといけなかったしね。
「たまたま荷物持ってきてて助かったわね」
「そうだね。あの人ごみの中で東区まで移動してたら花火が終わるまでに間に合わなかったと思う」
夜空に咲く花火に、時たま振り返って見物していた私達だけど、それも少し前に上がらなくなった。きっとマッシュ公国の建国祭はフィナーレを向かえて、無事に終わったのだろう。
いい街だったな。そんな一言じゃ表現しきれないくらい、色々あったけど。でも、出会えて良かった人達ばかりだった。リードさんはちょっとアレだったけど。
次の街でもそんな出会いが出来るだろうか。出来たらいいな。いや、出来ない方がいいのかも。毎度こんなに別れが辛いとさすがにしんどいや。
「クー、すっかり熟睡してるわね」
「きっと疲れたんだよ。お昼にはレースで長距離飛んでたし」
「クーのことは自然に起きるまで寝かせておくとして、ここから次の街まではどれくらいかかるの?」
「うーん、徒歩だと多く見積もって一週間くらいかな」
私はマッシュ公国に居る間に買った地図を見て呟く。暗くて見にくいけど、遠回りさえすれば険しい山や大きな川なんかは無く、徒歩でも十分到達できそうだ。急いでるからそんなことはしないけど。
つまりは急がば回れってやつ。最速でユーグリアに向かう為にクーを十分休ませてあげるのだ。こき使ってるみたいで悪いけど、こればっかりは仕方がない。
それから黙々と歩いていると、いつの間にか広い草原を抜けていた。点々と木が生えている景色は、インフェルロックからアクエリアに向かう道中にちょっと似てて、少し懐かしい気持ちになる。
思い返せば色んなところを旅して来たなぁ。感慨深いんだけど、私達の旅はまだ半分くらいは残ってる。四つの柱の内、まだ二つを封印し直しただけだ。しかも三つ目までの道のりはまだまだ遠い。
「一旦止まろうか」
私は再び地図を広げて休めそうなところを確認する。この先、もし森のような地形になるならその前に休んでおきたいし。小さな水場っぽいところを確認すると、私は今日はそこまで歩いたら一眠りしようと告げた。
「分かったわ。疲れは無いんだけど、流石に眠いわね」
「疲れがないの……? 日中レースしてたのに……?」
「あんなのクーに乗ってるだけじゃない」
この子はあの乗りこなしがまともじゃないという自覚が無いのだろうか。私だけじゃなく、実況解説の二人だって、すごい姿勢だって言ってたと思うんだけど。
私があんな姿勢で何かにまたがってたら、数分と保たないんじゃないかな。というか一分保ったらいい方だよ。左右にカーブしたり空を飛んで風を受けている中であんなことできるの、人類の一割もいないでしょ。
「……まぁ、マイカちゃんが元気ならいいんだけどね」
「ランはどうなのよ」
「私は疲れたよ。マイカちゃんの応援もそうだけど、あの人ごみの中を歩くのはちょっとね。ほら、田舎者だから慣れてないっていうか」
「私だって同じとこの出身よ」
「でもなんていうか、私とマイカちゃんじゃ次元が違うじゃん」
「いま絶対バカにした!!」
「しー! ごめんって! しー……! クーが起きちゃうでしょ……!?」
私は人差し指を口の前で立てて、ちらりとクーを見た。クーは相変わらずマイカちゃんの腕の中でスースーと寝ている。結構図太い神経をしているようで安心だ。きっとこれからも私達の旅は賑やかだろうから。その度に目を覚ましてたら可哀想だし。
それからしばらく歩くと、地図の通り、小さな湖があった。良かった。ドロドロの沼だったらどうしようとか、地図が間違ってたらどうしようとか考えてたから。
目的地に辿り着いたことと、買った地図が信用に値するものであることに安堵しながら野宿の準備を始める。マイカちゃんはいつもなら薪を拾ってきてくれたりするんだけど、今は大きな木を背もたれにしてじっとしている。
「クーが起きるといけないでしょ。ラン、よろしくね」
「はいはい」
私は準備が終わると、火を点ける道具、を使うのも億劫だったので、精霊にこっそり呼びかけるというズルをさせてもらった。本当に疲れていると察してくれたのか、火の精霊は文句一つ言わずに私を甘やかしてくれる。
お腹はとりあえず減ってない。その気になれば携帯食料を持ってきているのですぐに準備できるけど、マイカちゃんの様子を見ても、目が覚めてからで良さそうだ。
私は毛布を広げると、そっとマイカちゃんの上に掛けた。手招きをされたので隣に座ってみると、彼女は私の肩を枕に目を瞑ったようだ。マイカちゃんの毛布の中に自分の身を収めると、薪の柔らかい光に照らされている、用無しになってしまったもう一枚の毛布を見て、苦笑してから目を閉じた。
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