第110話

 突っつかれるような感覚に目を覚ますと、本当にクーがくちばしで私の頭をコンコンしていた。クーは手のひらに乗りそうなサイズのままだ。

 コンコンされたところを掻きながら体を起こすと、マイカちゃんは私の腕を枕にして寝ていたらしく、つられて目を覚ました。


「……おはよ」

「うん、おはよ。クーが起こしてくれたんだよ」


 嘘ではない。私はクーに起こされたし、それに伴ってマイカちゃんの頭がゴスンと地面にぶつかることになったので、クーが起こしたと言っても過言ではない。しょうがないよね……私がうっかり腕を引き抜いたってバレたら叩かれそうだもん……。

 それにしても、木を背もたれにして寝てたと思ったんだけど、いつの間に横になってたんだろう。全然覚えてないや。


「そう……クー、起こしてくれてありがとう」

「クッ?」

「よちよち」


 私はごまかすようにクーを撫でてから荷物を漁った。マッシュ公国の配達マン達の需要からか、あの国は携帯食糧がすごく発達しているらしい。軽いし、一つ一つが小さい。配達に関わる者だけではなく、旅人にとっても有り難い代物であることは間違いない。物珍しくて買い込んだとはいえ実用性は抜群だ。


「マイカちゃんは? 何味がいい?」

「ウォーターステーキ味」

「はい、どうぞ」

「あるの!?」


 ウォーターステーキといえばアクエリアの名物料理だけど、そんなマイナーな味までマッシュ公国の携帯食糧はカバーしている。グミのような食感のそれは、食べてからお腹の中で膨れるとかで、少量で満腹になれるらしい。

 二人分のそれを取り出して分けると、クーが珍しそうな顔をしていたので最後の一口を口に入れてあげた。チャッチャと音を立てて何度か噛んだあと飲み込んで、それからまた不思議そうに首を傾げている。ドラゴンには分からない食感と味だったのかな。


 そうやって簡単に食事を済ませると、周囲を見渡して景色と地図とを見比べた。あっちの方に山が見えるから、多分間違ってない。やっぱりこの地図は優秀だ。

 もうそろそろ出よう。胡座をかいている私の膝の上で伏せの姿勢で平たくなってるクーに話しかけてみる。


「クー。いける?」

「クゥ!」


 ぐんぐんと私の膝の上で大きくなっていくクー。私は慌てて声を出して巨大化を急停止させた。私の言葉がクーに届くことを、これほど有り難く思ったことはない。


「クー! 待って! 私の膝潰れるから!! ねぇ!!」

「あはは! ラン! あはは!」

「マイカちゃん笑い過ぎじゃない!?」


 こちらを指差しながら楽しそうにしてるマイカちゃんが鬼に見えた。すごい、数キロ走っても平然としてるマイカちゃんの呼吸が乱れてる……。よっぽど楽しかったんだろうな……。ひど……。


 それからクーを一旦地面に下ろして仕切り直した。大きくなったクーはちゃんと私達二人を乗せて飛ぶということを理解しているらしく、ドランズチェイスで時計台に急行した時と同じくらいのサイズになってくれた。


「グォォウ」

「おっきいと声にも貫禄が出るね」


 頭を撫でようと手を伸ばしてみると、クーは私の手を迎えに行くように頭を寄せて、嬉しそうに目を瞑っていた。中身は相変わらずでちょっとほっとした。


 姿勢を低くしてくれたクーの背中に乗った。私の腰を抱くように後ろにマイカちゃんがくっつく。振り向いたクーに合図を出すと、翼が大きく広げられた。


「急がなくていいから、ゆっくりめにね」

「グゥル!」

「疲れたらすぐに言うのよ!」


 クーはやる気に満ち溢れているような声を上げた。でも、旅に出て初めて人を二人乗せて移動するクーを、私達はちょっと心配していた。張り切り過ぎてどっかにぶつかったりしなきゃいいんだけど。マイカちゃんの言うように、疲れてるのに強がったりもしないで欲しいし。


「グォォォ〜」


 機嫌の良さそうな声と心地良いスピード。クーは私の言うことを守って飛んでくれている。後ろでマイカちゃんが「風が気持ちいいわ。二度寝したくなるくらい」とか言い出したので慌てて声を掛けた。

 装具にまたがっている私ならまだしも、いや私でも危ないけど、何も無しに乗ってるだけのマイカちゃんが居眠りなんてした日には即座に地上に落下だからね。


「そういえば、この間から気になってたんだけど……この装具、なんでクーと一緒に大きくなったり小さくなったりするの?」

「それはこれが魔力に感応するように作られてる魔具だからだよ。お古とはいえ、こんなのを譲ってくれるんだからルークって優しいよね」


 クーはかなり特殊な例だけど、使い魔のサイズを変える魔法自体は昔からある。ドランズチェイスでも、サイズ変更禁止はルールに記載されてたくらいだしね。クーのサイズが変わる度に装具が壊れたり使えなくなったりしてたら大変だし、むしろ私達には魔具以外あり得ないって感じだった。


「ホント、ルークはお人好しね」

「……また会いたいね」

「そうね」


 珍しくマイカちゃんが素直に私の言う事を肯定する。驚いて振り返ろうとしたけど、やっぱりやめた。今の私達はとにかく前を向いて進むべきだし、何よりなんか不穏な影がこちらに向かって飛んできたから。少しはタイミング考えてよ。


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