第111話

 謎の飛翔体は明らかにこちらを目指している。勘違いであって欲しいなんて私の淡い期待はすぐに崩れ去った。目を凝らして見ると、三体のガーゴイルだった。地上を歩いているときは幾度となく相手をしてきた魔物だけど、こんな状況で遭遇するのは初めてだ。

 空中の奴らはとにかく俊敏だ。ヒラヒラと舞ったり突進してきたりと、トリッキーな動きには慣れるまで苦戦させられていた。こちらから追いかけず、引きつけるように戦いやすいフィールドを選べれば、大して強くはないんだけど……。


「地上に降りる?」

「この一帯は木で視界が悪いから、降りたところにもモンスターがいて、ガーゴイルと挟み撃ちに遭う可能性もあるよ」

「……倒すしかないのかしら」

「そういえば……!」


 ノームさんから聞いた神話では、エモゥドラゴンは火を吹いたはずだ。それができれば、この場面を切り抜けられるかもしれない。私はクーの肩をとんとんと叩いて話しかけた。


「クー! 火、吹ける!?」

「グォォ〜!」


 よく分からないけどできるっぽい。そんな感じの返事に聞こえる。色よい返事に聞こえたのはマイカちゃんも同じだったらしく、「やるじゃない!」なんて言っている。

 クーは口をガバッと開くと、顔を横に向けた。多分、私達に見せる為だと思う。そこから出て来たのは、予想外のものだった。


「クォ〜〜〜」

「……」

「……クー、もっと出力上げなさいよ」

「クォォ〜〜〜!」

「声じゃなくて。火、火」


 クーの口から出てきたのはギリギリ薪が起こせるくらいの可愛らしい炎だった。飛びながら出したせいか、風に煽られた炎が顔にかかったらしい。首をぶんぶん振ってセルフで炙ってしまったところを冷ましているようだ。


「ダメじゃない。あぺぺってなってるわよ」

「あぺぺって……まぁ熱そうにはしてるけど」

「きっと、これまでの生活で火を吹くことがなかったから、まだ慣れてないのね」

「そうかも。でもそうすると、私達でどうにかしなきゃいけなくなるよ」


 ガーゴイルは刻一刻と近付いてくる。こちらに気付いていない、というのはやっぱり無さそうだ。


 この辺りならまだマッシュ周辺で使った呪文も有効だろう。私は声高らかにウラーグを唱えた。

 ガーゴイル達がバランスを崩すように揺れ、すぐにお互いに頭をぶつけて地上に落ちていく。ラッキー、二体はこれで処理出来た。残り一体だ。


 しかし風の魔法ではこれが限度だ。マッシュから結構離れてしまったせいか、威力も弱まって見えるし。単体の敵を確実に仕留めるような呪文は、あいにく私の頭の中には無い。

 とはいえ、クーの背中の上で刃物を使うのは避けたい。呪文ではなく、直接女神や精霊に呼びかけるべきか。いや、一旦地上に降りて立て直すべきかもしれない。

 どうしようか悩んでいると、私の腰に腕を回していたマイカちゃんが呟いた。


「ラン、姿勢低くしてて」

「え?」

「いいから、早く」


 彼女の言うとおり、クーの背中にぴったりとくっつくようにしてみた。これで合ってるかな。


 私の腰を抱くマイカちゃんの腕に力がこもる。んぐっという声を押し殺しながら後ろを見ると、彼女は真剣な顔で拳を構えていた。正面からはガーゴイルが距離を縮めてきている。


「クー! そのまま真っ直ぐ飛びなさい!」

「グォォォ!」


 クーは臆せず進み続けた。そしてガーゴイルが爪を伸ばして腕を振り上げた瞬間、私の後ろから豪快な風切り音が鳴った。


「やぁぁぁぁ!」


 彼女の拳から射出された青白いオーラは、見事にガーゴイルを捉えて氷漬けにしてしまった。羽ばたくこともできなくなった敵は、先に落ちた二匹の後を追うように地上に落ちていく。あの様子だと、地上に到着すると同時に粉々になるだろうから、追撃は考えにくい。


「やっぱり……」

「すごいよ、マイカちゃん! 魔法を外に放つって、直接触れて効果を具現化させるよりもずっと難しいんだよ!?」


 私は素直にマイカちゃんを褒めた。だってこれは本当にすごいことだから。適正のある人は違いが分からないくらい自然に出来ることだけど、精霊の気配すら一切感じない人がまぐれで出来るようになる事ではないのだ。


「多分、私一人では無理よ。ランに触れてる間だけ、少しだけ精霊石が感応して威力が強まるみたいなの」

「なるほど……よく気付いたね」

「ランとくっついてると、右手はちょっと暖かいし、左手はちょっと冷えるのよ」

「あぁ、なるほど」


 別に精霊の力を感じたんじゃなくて、埋めてある石の反応が金属に伝わっただけだったんだ。さすがのマイカちゃんでも熱い冷たいくらいは分かるよね……。


「じゃあ同じような攻撃が必要な時はくっついてればいいんだね」

「は、はぁ!? もう二度としない! ふん!」

「なんで!?」


 何故か機嫌が悪くなってしまったマイカちゃんの態度を理不尽に思いながら、私は敵から逃げようとしなかったクーの背中を優しく撫でた。

 クーも頑張ったよね、偉いね。でもね、実は私もちょっと頑張ったんだよ。マイカちゃんに怒られちゃってるけど、でも頑張ったんだよ。

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