第107話

 行くべき理由がある、そう言ったルークはそれが嘘じゃないことを証明するように話し出した。


「ここはルーズランドの最寄りのまともな街なんだよ。って言っても結構距離あるけどさ。海沿いには寂れた漁村しかないし。何より、ルーズランドからの住人が紛れてる可能性もある。事前に情報を仕入れられるかも知れないよ」

「どうしてそんなことが分かるのよ」


 マイカちゃんの疑問は尤もだ。比較的近いからといってそこに関係者がいるとは限らない。ルークには何かしらの根拠があるように思えた。上手く言えないけど、そういう顔をしている。


「異性装の街は異様だよ。多少変な人が居ても誰も気に留めない。あそこは身を隠すのには持ってこいの場所なんだよ」


 それを聞いた私達は追求するのを止めた。彼女の言うことは理に適っていると思ったから。しかしそこで新たな疑問が生まれる。


「隠れる必要、あるの?」

「ルーズランドから出ることを許されていない人達っていうのが居るらしいよ。ま、そうじゃなかったとしても、ルーズランド出身者だなんて聞かされたら身構えちゃうでしょ?」

「そうか。追いやったと思ってた悪い人達が出てきたら、怖いもんね」

「そういうこと」


 ハロルドの人がそれを聞いてもなんとも思わないだろうけど、比較的近い街であれば色々な噂を耳にしてるかもしれない。面倒を避けるという意味でも、ルーズランドの住人が出身地を隠したがるのは不自然じゃないだろう。

 そうして私達は次の目的地をユーグリアに決めた。マイカちゃんも異論は無いらしく、久々の旅ね、なんて言ってそわそわしている。


「じゃあ上の階に行こっか。マイカの服、私とフィルが見繕ってあげるよ」

「ホントに!? ありがとう! でも、できれば私の分も」

「ランはそのまま行けるでしょ。胸もないし」


 ……ルーク?

 あのさ、言っていいことと悪いことがあるよね。本当に。

 私だって諦めてるけど、気にしてない訳じゃないんだよ。


「私も配達でしか行かないけど、いつもそのままの格好で入れちゃうからさ」

「待ってルーク、失礼よ。こういうときは目立たないって言ってあげなきゃ」

「そのフォロー逆に傷付くからやめて」


 散々な言われようの自分の胸を撫でながら、私は階段を登っていった。荷物をかき分けて奥の部屋に着くと、フィルさんとマイカちゃんが扉の中へと消えて行った。


「着替え終わったら、最後にもう少しお祭りを楽しみなよ。これから花火があがるからさ」

「え!?」

「あ、やっぱ知らなかったんだ? 結構有名なんだよ?」


 扉の奥からはサイズが合わないとか、それは組み合わせ的におかしいとか、なにやら楽しそうな声が聞こえてくる。というか、マイカちゃんって女の子の中でも小柄な方だし、男装ってそもそも無理があるような……。


「ルーク達はいいの?」

「私達はいつもここの屋上から見てるんだ」

「そうなんだ。あそこなら他に人もいないし、ゆっくりできそうだね」

「一緒に見てく?」

「いいよ、邪魔しちゃ悪いし」

「そっか」


 私はルークの誘いを断ると、扉の向こうから聞こえる会話に集中しようとして、無理だったからため息をついた。


「ねぇ、ルーク」

「何?」

「本当にありがとう。ここにいる間、本当に楽しかった」

「はは、なに急に。やめてよ、大したことしてないし。それに……また会えるんでしょ?」


 うん。私がした返事は、勢いよく開かれた扉にかき消された。ドアを開けた格好のまま凛々しい表情を作っているマイカちゃんと目が合う。


「これで私もダンディなおじさまね!」

「……あ、うん、かっこいいかっこいい」

「思ってないでしょ!!」


 マイカちゃんは黒い燕尾服を身に纏い、結んでいた髪を解いて前髪を後ろに流している。そこまではいいんだけど、何故か焦げ茶色の付け髭を装着していた。せめて付け髭も髪の色に合わせて金にしようよ……っていうか付け髭取ろう……?


「あのさ、付け髭取ったら?」

「バカね、これを取ったらただのフォーマルな私じゃない」

「いや十分だって、ね?」

「マイカがこれは絶対付けるって言ってきかないの」

「そう……」


 得意げに鼻でふふんなんて言ってるマイカちゃんを見てると、さっきまでの湿っぽい空気は吹き飛んでしまった。私とルークは目を合わせてこっそり笑って、今後の予定について話すことにした。


「どうやって街から出るか、だよね」

「とりあえず出発は花火が終わってからにしたら?」

「……ルーク。行かせてあげなさいよ」


 フィルさんは優しく笑ってそう言った。どういう意味だろう。私が理由を聞く前に、彼女は続ける。ルークは終始バツが悪そうな顔をしていた。


「ごめんね。この人、寂しいのよ」

「……っさいなぁ」

「マイカはすっかり有名人になっちゃったし、本当に誰にも気付かれないように出発したいなら、花火の最中に行くべきだわ」


 彼女の言うことは理に適っている。皆が花火に夢中になっている間くらいは人目を避けられるかもしれない。私達だけならそれが最善なのは分かる。問題はクーのことだ。

 私がそれを打ち開けると、ルークは腕を組んで少し唸ったあとで、とりあえず屋上に行こうと歩き出した。


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