対岸の町 ピコ

第13話


 船着き場が見えてきたと思ってから、到着はすぐだった。船は思っていたよりも速いスピードで移動していたらしい。そうして私達は久々に地上に降り立った。といっても、半日ぶりくらいだけど。ぐわんぐわんと足下が揺れるような妙な感覚に見舞われたけど、それもすぐに落ち着いた。

 同じく船の乗客だった人達の動向を見てみると、朝焼けに照らされる町並みを見たりすることなく、誰も彼もがスタスタと歩いていく。まるで荒野の中を歩いているかのような直進っぷりに、私は「やっぱりそうだよね。そうなるよね」と一人で納得していた。それにはちゃんとした理由がある。一目見て分かる理由が。


 ……この町、なんかしょぼくない?

 私は目の前に広がる光景が何かの間違いじゃないかと何度も目を凝らしたが、やっぱりどう見ても寂れている。剣で例えるなら、斬るというよりは叩き潰すように使うことしかできないくらいにクタクタだ。


「なんていうか、アクエリアみたいなとこ想像してた」

「私も」


 村とまでいかないけど、どことなく陰気くさいところだ。こういう雰囲気のところもあるということにして、この違和感を飲み込むしかないだろう。財政が苦しかったり、モンスターに襲われていたり。大なり小なり、どこも事情を抱えているものだ、と。

 だけど私の隣を歩く破天荒娘の推測は違った。小さいけど鋭さを感じる、よく通る声で「分かったわ!」と言って私に向く。


「きっと誰か亡くなったのよ」

「亡くなってなかったらめちゃくちゃ失礼だからそういうこと言うのやめようね」

「亡くなっててもそこそこ失礼よ」

「じゃあ尚更言っちゃ駄目だよね」


 人目を気にして、さっとマイカちゃんの口を手で覆ってみたけど、そもそも私達と一緒に船から降りた人以外、ほとんど町民は外を歩いていないようだ。早朝とはいえ、もう少し活気があってもいいと思うんだ。こんな鬱屈とした空気の中での情報収集……はっきり言って全然気が進まない。


「まぁ、やるけどさ……」


 私達はとりあえずと酒場を探して船着き場を離れることにした。

 朝食は船内でいただいたので食べなくても大丈夫。だけど、どのお店も鍵がかかっていたり、扉に「準備中」と札が掛けられてたりで、聞き込みもままならない。

 人が住んでいる気配は確かに感じるんだけどね。ちなみに町の外壁や見た目等に妙な感じはしない。あんまり人がいないから「魔物にでも襲われた?」なんて一瞬思っちゃったんだけど。

 違和感を感じながらも探索を続けて、おおよそ町の半分を歩き終えた辺りで、マイカちゃんがついに音を上げた。


「もうやめよって……誰もいないし、何もないし。ここで探索するよりも、次の町で情報を探した方がよっぽど有意義よ」

「マイカちゃんはそう言うけど、残念なことに、その”次の町”がどこにあるのかも分からないんだよ。今の私達には。柱を目指して歩くことは出来るけど、柱は近いし、もう少し慎重に行きたい。急がば回れ、だよ」


 淡々とそう諭すと、彼女は小さく呻いて俯いた。マイカちゃんの気持ちは分かるけどね。下手に動いて、手がかりも無く戻ってくることになるのを想像すると、どうしても今すぐにこの町を出る気にはなれなかった。

 このまま町の奥まで歩いても何もない可能性が高いと踏んだ私達は、一旦港まで戻ることにした。


「ランが随分はっきりと「船着き場に戻ろう」なんて言うから付いてきてるけど、どういうつもり?」

「もう船から降りてきた人に聞いた方が早いかなって」

「あぁ、なるほど」


 船内に居たときにその辺のことを済ませられれば良かったんだろうけど、私達が乗った深夜の便は寝てる人も多かった。朝食を食べながら誰かに話し掛けることは出来たかもしれないけど、早朝からそんなことをするのは気が引けたし。妙な遠慮をしなければ良かったと後悔しながら、私達はしばらく大きな湖を見つめていた。


「ねぇ、ここに看板がある」

「え?」


 船が着いて真っ先に目につくようなところに、大きな看板があった。

 私達がこれに気付かなかったのは、それが随分と古ぼけた感じのものだったからだ。


「『ようこそ、夜の帳と共存する町、ピコへ』、か」

「……深夜アクエリア発で早朝ピコ着の便の不人気の理由が、また一つ見えたわね」

「だね。こんなの、夜までに到着した方が楽しいに決まってる」


 看板の周りには何か塗られているみたい。あれはチッコーの実を擦り潰したものだと思う。チッコーの実は光を蓄える性質がある。元の実と同じ色に光る性質があり、実は赤や青、黄色に緑と、色んな種類がある。武器の装飾で使われることがあるので、見てすぐにピンときたのだ。


「なるほどね。よく見ると、文字のところにもチッコーの実が塗られてる」

「夜になると随分騒がしい看板になりそうね」


 完全にタイミングを外してしまったらしいことを理解した私達は、改めて船を待った。ぼんやりと水平線を見つめていると、旅の目的を忘れそうになるくらい穏やかな気持ちになる。


「先を急いでるのに、ままならないものだよね」

「そうね。ここで時間を潰すくらいなら普通に宿に泊まって、今日のんびりアクエリアを出ても変わらなかったかも」

「そういう本当のこと言うの止めて」


 私は肩を落としてため息をついた。あーあ。早く次の船来ないかなー。

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