第16話
私はこそっとマイカちゃんの耳元で囁く。「やけに冷めた目であの男性を見ていたよ」と告げると、彼女は眉間を揉みながら呟いた。
「あー……私、なんでか男の子に言い寄られることが多いから。すぐに警戒しちゃうの、癖なのよね」
「何その羨ましい境遇」
「羨ましいの?」
「そりゃね。私なんて女だと思われないことも多いし」
「あ、気にしてたんだ。ランって武器のこと以外何も考えてないんだと思ってたわ」
「純真無垢な少年かよ」
マイカちゃんの私に対する印象っていつも妙なんだよなぁ……。
青年は振り返って私達を見ると、小さく唸っていた。後ろ歩きで私達を変わらず先導してくれてるけど、そんな歩き方じゃいつすっ転ぶか、見てるこっちが気が気じゃないからちゃんと歩いて欲しい。
「あのさ、二人は何をしにきたんだ?」
「あー……まぁ、ぶらっと旅してるんだよ。ね?」
「え? あ、あぁ、まぁそんな感じかな」
「あっちから来たってことはピコの町の方だろ? あの町は夜が面白いのに、変な奴らだなぁ」
私がさらっと嘘をつくと、マイカちゃんも調子を合わせてくれた。本当はあの塔の封印を再度行いにきました、なんて言えたらいいんだけど、そんなの下手に口に出したら槍で突っつかれるかもしれないし。まずは村の人達が封印が解かれたことに対してどう思っているのかを確認するのが先だ。
「そういえばさ、すぐそこの塔の封印がちょっと前に解かれたでしょ? この村から巫女が出たっていうのは本当なの?」
「おっ。そういう話、興味ある感じ?」
「まぁね」
「ならじいちゃんに聞いてくれよ。喜ぶぜ、あの人そういう話大好きだから」
「そうなんだ!?」
嬉しそうな声を上げたのは私ではなく隣を歩くマイカちゃんだ。あんまり反応し過ぎると不自然かなと思ったんだけど、彼は全然気にしていないらしい。
「俺は封印が解かれたことは興味ないっていうか、まーなんつーか色々あるから、こうやって人の往来があるところじゃあんまりしやすい話ではないかな」
彼はそう言うと、くるりと反転して前を向く。
どうやら、やっぱりそれなりに事情があるらしい。それを察すると私達は静かに彼の後を付いていった。
「着いたぜ、ここだ。まずは部屋に案内するから。あーと、メシ出来たら呼びに行くから、それまで適当にくつろいでいてくれ」
それから十分くらい歩いて宿に着いた。二階の部屋に通された私達は適当なところに荷物を下ろして、辺りを見渡す。思っていた以上にまともな部屋で、これで食事がまともでぼったくられなかったら最高なんだけど。
「やっぱりなんかワケありっぽかったね」
「だね。まぁ伝説とかの類ってさ、信仰っていうか、宗教的なものが絡んでる場合が多いから。あのときマイカちゃんが私に話し合わせてくれて助かったよ」
「なるほどね。さすがの私でも、自分達がしてることを察せられるような事をペラペラして言っていいワケないって、それくらい分かるわよ」
「そうなんだね、知らなかった。偉いね」
「小手つけたまま殴っていい?」
「死ぬわ」
荷物の整理なんかをしていると、思っていたよりも早く彼が迎えに来てくれた。そういえば名前を聞いていなかったな。食堂に向かう道すがら名前を尋ねると、彼はタクトと名乗った。
「タクトは? ご飯いいの?」
「俺はもう済ませたから。あ、代わりと言っちゃ何だけど、じいちゃん同席させていいか? 話聞きたいって言ってたけど、二人が食事するの待ってたらじいちゃん寝ちゃうかもしれないから」
「全然いいよ。え、いいよね?」
「もちろん、ランがおじいちゃんのご飯横取りしないように私が見張っとくし」
「そんなことしませんけどね」
老人から夕飯奪うとか極悪人じゃん。っていうかご飯を横取りしようとするのは私じゃなくてマイカちゃんの方だよね。
タクトはマイカちゃんの冗談を笑って聞き入れると、おじいさんを呼んできてくれた。
「じいちゃん、この人達が柱の話を色々聞きたいんだってさ。旅の人だよ」
「なるほど、このギャル達がワシと話をしたい、そう言ったんじゃな」
「なにこのじいさん」
「マイカちゃん、しっ」
私も思ったけど、そういうことはお部屋に戻ってから言おうね。
彼女を窘めると、私はおじいさんが座りやすいように椅子を引いてあげた。杖をついているようだけど、ほとんど使わずに生活できるような印象を受ける。元気なおじいちゃんだ。
「して、ギャル達が聞きたいのは伝説の話か? それとも、封印を解いた巫女の話か?」
「うーん、できればどっちも、かな」
「ギャル達って……」
「なるほど、酒を持ってこい! タクト!」
「おう!」
おじいさんとお酒を飲みながら話すことになってしまった。詳しい話をたくさんできるのが嬉しくなっちゃったのかな。マイカちゃんがツッコミそびれてたけど、多分私達はギャルで確定だから無駄な足掻きはやめた方がいいと思う。
そうしておじいさんは語ってくれた。まずは巫女の話。巫女の女の子は、聞けば聞くほど、普通の子だった。年齢は十六歳で、名前はクロと言うらしい。黒い柱の巫女としてびっくりするくらいそのまんまだなって思ったけど、黙っといた。
代々巫女として生きてきた人達も、まさかその役割を果たす日が来るとは思っておらず、クロを捧げなければいけないと知ったときは酷く落ち込んだとか。勇者に「世界のためだ」と言われれば拒否権は無いようなものだ。そのやり口がどうにも気に食わなかった私は、多分眉間に皺を寄せながらおじいさんの話に耳を傾けていた。ちなみにマイカちゃんは何度か不機嫌そうにビールのジョッキをテーブルに叩きつけた。あと一回やったら多分そのジョッキ壊れるからもうやめてほしい。
あとは伝説絡みの話。最上位女神達が柱を作ったとか、勇者達は神具を集めて彼女達へと呼びかけて封印を解く足がかりにしたとか。
巫女があの塔のどこにいるのかは分からないけど、死んではいないようだ。柱は巫女の命の限り天を刺し続けるらしい。とりあえずは生きているらしいことに、私は人知れずほっとした。
ハロルドに居る時は台座や剣の話はよく聞いたけど、柱については土地柄あんまり語り継がれていなかったから、こっちも新鮮な話ばっかりだった。
「分かってたけどさ」
「うん」
「勇者、ムカつくね」
「うん」
部屋に帰ってきてすぐの会話がこれだ。クロちゃんの両親は彼女が使ってた部屋をそのままにしてあるとか、そういう胸を締め付けられるようなエピソードをいくつも聞かされた。これが人間のやることかよって感じ。
その日、私達は工程通りに旅が進んだというのに、ムカムカしながら眠りに就いた。
翌朝、私達は受付のところに居たタクトのおじいちゃんを訪ねた。そして真剣な顔をして申し出た。クロちゃんを救いたいと。
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