第195話

 戻って来たレイさんは魔法陣が描かれたトレイを持って、その上になんだかよくわからないものを乗せていた。


「ごめんごめん、珪砂探すのに時間かかっちゃって」

「私は使ってない。前回レイが出しっぱなしにしたのが悪い」

「初めからクロが悪いなんて言ってないっていうか、家の中で物がなくなるのって九十九パーセントあたしが悪いじゃん?」

「うん」

「信じらんないよね」

「うん。ズボラだと思う」


 テーブルに紙を敷くと、その上にサラサラと何かを盛りながら、レイさんは軽い調子でクロちゃんとだらしない自分の悪口を言っていた。彼女が準備している何かも気になるけど、発言の内容も大分気になるっていうか。

 レイさんの部屋、鬼のように汚いんだろうなぁ……。さっきクロちゃんは”レイの部屋”なんて言い方をしてたから、恐らくは個別に部屋があるんだろうけど。というか、レイさんの部屋がアレ過ぎて後から部屋を分けることにした可能性すらある。


 短いスティックのようなもので魔法陣の端を何度かポンポンと叩くと、紙の上に小さな雲のようなものが現れて、すぐに消えた。そこには、さっきまでは無かったガラスのグラスがあった。


「え!? 何よ! 今の!」

「簡単な錬金魔法の応用だよ。グラスが足りなかったから」

「私のは巨大なさかずきにしてくださるかしら」

「レイ、ニールのは持ち上げられないくらい重いのにして。この際ガラスじゃなくてもいい」

「中は赤ワインがいいわ」

「豚の血でも啜ってろ」


 三人が妙な話をしている間、何かを察したフオちゃんが立ち上がってお茶の準備を始めていた。私もすぐに彼女の元に駆けつけ、準備を手伝った。お茶を淹れる器具の勝手が違うから、少し苦戦していたようだ。ルリに振る舞われた食事のことを思い出してみる。きっと私がヒノクニ行っても、同じように戸惑うだろう。

 支度をして戻ると、頭を抑えてテーブルに沈んでいるクロちゃんとニールが居た。二人とも痛がっているようだ。レイさんがそんなことをするとは考えにくい。となれば……。心当たりのある方へ目を向けると、マイカちゃんは「遅かったわね」なんて言った。ケロっとしてるけど、マイカちゃん二人にげんこつしたでしょ。目の前には、心配そうにしているのはクーだけという異様な光景が広がっている。


「はい。これはクーの分」

「クォ〜!」


 レイさんがマイカちゃんの前に、作ったばかりの小さくて平たいお皿を置くと、クーは喜んでテーブルに降り立った。一緒に水も生成していれておいてくれたらしい。クーはお皿の前に座ると、私に手を広げた。木の実が欲しいということだろう。私は鞄から赤い木の実を出して手渡した。


「ったく。お前ら、ぎゃーぎゃー騒ぐからマイカに叩かれるんだよ」

「違う……。私は騒いでいない……ニールの不幸を願っているだけ……」

「怖ぇよ」


 呪詛のような発言を聞いたフオちゃんは、彼女の隣に座ることを少しためらっていたようだが、そこしか席が空いていないので、仕方なしに腰を下ろした。

 ただ部屋を訪ねて、落ち着くまでにこんなに時間が掛かるってちょっとアレだなとか、思わなくはないけど、割り切ろうと思う。ここにいるのは封印者と呼ばれる変わり者と、各地の巫女と伝説のドラゴンなんだから。


「で、クリアさせときたい問題ってなんだ?」

「ランちゃんさ、新しい封印の土地、見つけた?」


 レイさんに私を責める意思なんて無かったと思う。それでも私はこの質問を聞いた時に若干の後ろめたさのようなものを感じた。だって全然見つかってないから。ヒノクニという世界の端っこに行っても、それらしいオーラは感じなかったのだ。

 私の表情を見たレイさんは、然程がっかりする様子も見せずに、ただ「やっぱりね」と呟くに留まった。私に期待していなかったというよりも、レイさんの方も何か根拠があってそう言っているように感じた。


「ランが悪いわけじゃない。私達は地脈の流れとか、そういうものを調べて計算して、さらに数値化してきた。ここでランキング形式で発表して行こうと思う」


 クロちゃんが楽しげなところ悪いんだけど、ランキング形式にする意味ある? 無くない? クーが何故か目をキラキラさせながら彼女の言葉に耳を傾けているから、私もそれに倣うことにした。


「三位はサンゼン地方の山脈。特に最高峰であるロクマン山の頂上。適正ポイントは30」

「私達の知らない土地ね」

「無理もないよー。あの一帯はほぼ無人だからね。昔の大戦で未だに復興してないんだよ。っていうか山しかないから、ほとんどの人はあえて行こうとも思わないしね」


 レイさんの補足を聞くと、人が手付かずの土地って、なんとなく封印に適してる感じがするなぁなんて思った。ただ、クーが居るとはいえ、そこまで向かうにはなかなか骨が折れそうだ。


「二位はここ。コタン周辺。というかこの森の中。もっと言うと、さっき私達が使った転送陣はその中で最も数値が高かった場所。ポイントは65」

「転送陣は私のお遊びだけじゃなくてさ、他の誰かが何かを建てたり占領したりしちゃう前に、対策を打とうとした結果なんだよね」


 ちゃらんぽらんに見えてちゃんと考えてるっていうか。レイさんの場合、全く何も考えてないパターンもあるから、やっぱりちょっと怖いんだけど。サンゼン地方については行った事がないので分からないけど、あの転送陣からは私も少しだけ神秘的な気配を感じた。それは転送陣ではなく地脈によるものだったようだ。


「で、一位、数値は999999以上。計測不能。場所は、ハロルド」

「ぶっちぎりじゃねーか」

「二位までの発表必要ありました?」


 クロちゃんが一応他の候補も提示してくれたのは、私達を気遣ってのことだろう。そこが私達の故郷だから。

 腕を組んで難しい顔をしていると、レイさんはおもむろに口を開いた。


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