第181話
また変なことを言われるんじゃないかと少し身構えてしまっていたけど、ニールの話はとても真面目なものだった。
セイン王国というのは、広い砂漠の領土全てを統べる大きな国の名前で、広すぎる領土は管理が行き届かないので、国内をいくつかの区域に分けて、それぞれ責任者を置いているらしい。
私も世界地図はこれまで幾度となく見てきた。セイン王国の治める領土がとんでもなく広いのは知っている。国全体をコンパクトにして高い塀で守るマッシュのような国があったり、セイン王国のような国があったり。成り立ちや事情によって、国の運営の仕方って様々なんだなぁって思った。
ニールはある領地を任されている貴族の娘で、次期当主だったんだとか。お姫様じゃなかったのは予想外だけど、やっぱりそれなりの身分の子なんだと聞いて、心の何処かじゃ納得していた。
「ふぅん。ここまでのニールの説明は理解できたわ。王族と会う機会、普通に有りそうじゃない」
「いいえ、とんでもない。彼らはお城の周辺の領地にしか足を運ばないのです。なので、面識なんて一切ありませんでしたわ」
「へぇー……? そういうもん、なの?」
「えぇ。それは古くから変わりませんわ。自分達の区画に来て頂く為に、昔の当主達はとても苦労されたんだとか。遠い王城まで馬を駆ったり、転送陣を設置したり」
なんだろう。もうこの段階でセイン王国、というかセイン王国の王族達にいい印象が抱けない。まぁ元々ハロルドを潰しても構わないという計画を立てている時点でいけ好かない連中なんだけど。最低だった印象が、その国の人の話を聞いても上向きになる兆しが見えないって、もう本当にそういうことだよね。
「ちょっと待って。昔の当主は、ってどういうこと? 今はそういう対策を取ってないの?」
「王城から離れた領地の当主達は諦めたのです。国に何かをしてもらうことを。時代に則した細やかな法律の修正、毎年支給される予算の使い道、など、通常ではあれば王族にお伺いを立てなければいけないようなことを、大体自分達でこなしているのが実情なのです」
「なんていうか、すごく自由だね……」
「そのせいか、治める領主によってかなり街の雰囲気が違うんですよ」
「それ、実質もう別の国でしょ」
「そうですね。街を訪れた方によく言われますわ」
ニールはそこまで語ると、ふうと一息ついた。自らをジャスティス・ゴージャス・デリシャス・プリンセスと名乗った時と同じ表情でいる。大分ブッ飛んでるけど、常に平常心でいられるというのは、間違いなく一種の才能だ。
何を言われたら怒るんだろう。というかそんな言葉や話題、存在するのかすら分からない。彼女の穏やかな表情からはその種類の感情が一切見えてこないというか。私もマイカちゃんもわりと顔にすぐ出る方だから、ちょっとだけ羨ましい。
私はゆっくりと、盗み見るようにしてフオちゃんを見た。彼女、さっきから全然喋ってない。口を挟む余地がないような会話だったと言えばそうかもしれないけど、なんだか不自然だ。
フオちゃんはなんとも言えない表情でニールを見ていた。すっごい真面目な顔をしている。これからプロポーズでもするような、ちょっと張りつめた空気すら感じる。ま、そんなことはないけどさ。
「巫女として捧げられるまで面識が無かったとしても、噂は知ってるんだよね?」
「それは、まぁ」
「私達、あいつのこと何も知らないのよ。少しでも情報を集めておきたいの」
「うぅん。一つ確認させていただいても構いませんか?」
ニールは斜め上をぼんやりと見ながらそう言って、頬に手を当てた。なんだかお上品に考え事してるって感じの仕草だ。私が同じことをしたらマイカちゃんに「歯が痛いの?」と聞かれそう、なんて。そんなことを考えながら頷く。
「お話を伺っている限りですと、あなた方とカイルは敵対していますよね? あ、カイルというのはあなた方の言う勇者のことです」
「そうだね、めちゃくちゃ敵対してるよ」
「これから殺す相手のことなら、深く知らない方が良くないですか? トドメを刺す時に情が湧いたりしませんこと?」
不思議そうな顔をして、さらっと残酷なことを言ってのけたニール。同意を求められて言葉に詰まっていると、マイカちゃんが腕を組んで自信たっぷりに言った。
「湧かないわ。というかもう殺した可能性もあるし」
「ひえ……」
「何ビビってんのよ。こないだ戦って分かったでしょ。あっちは完全に私達を殺す気で来てるわ。こっちが日和ってたら太刀打ち出来ないじゃない」
「それは、まぁ。そうなんだけど」
だけどさ、人としてっていうの? 改めて訊かれると戸惑うじゃん、普通さ。煮え切らない返答をしていると、私達の会話を聞いていたニールが目を丸くした。
「カイルと戦って無事でいられたのですか? みなさんは、とてもお強いんですね……」
「そうよ。だから話してちょうだい。できるだけ急いで戻りたいんだけど、ここから出たらゆっくり話をしている暇なんてないかもしれないし」
「そうだね。女神の力で守られた空間なら邪魔も入らないだろうし……話してくれるかな。勇者のこと」
そうお願いすると、彼女は分かりましたと言い、ベッドの上でかしこまるように座り直した。その間もフオちゃんの様子は変わらない。口数が少ない子ではないはずだから、何があったのかちょっと心配だ。
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