第182話

 あまり多くは知らない、そう前置きをすると、ニールは昔を振り返るように話をしてくれた。


「ご存知かもしれませんが、カイルは王子です。ゆくゆくは国を背負っていく可能性のある立場、ということですね」

「可能性って何よ。王子なら確定じゃないの」

「それは、彼が第一王子じゃないからですね。セイン王国は一夫多妻制なので、当然王にも複数の奥さんが居て、それぞれにそれはそれは豪華なお屋敷が与えられます」


 一夫多妻制。何故か意味を知っている言葉だけど、実際にその制度を導入している国を訪れるのは初めてだ。

 マイカちゃんは「変なの」と言って首を傾げていた。一途な彼女には理解できないのかもしれない。というか、私も心情的には受け入れ難いんだけど、こういうのって生まれ育った環境で価値観変わるしね。どっちが間違ってるとかじゃないんだと思う。


「一応ヒノクニにも似たような風習はあるぞ。ま、三大ファミリーの男の一部が慣習的に許されてるだけだけどな」

「あ、そうだったんだ」

「親子みたいに歳の離れた兄弟がいるってのもあんまり珍しい話じゃない。勇者も同じだったりしてな」

「その通りですわ、フオさん。勇者は第四王子、一番下の立場ですの。上には三人の王子。長男は既に四十歳を迎えていますわ」


 そうしてニールは、一呼吸置いてから言った。だから、カイルは勇者として旅に出ることになった、と。つまりは、上の三人を追い抜く為に手柄を立てようとして、その手段が世界を救うことだったんだろうなって。

 世界を救った英雄を王子にしないなんて、周囲からの批判もすごそうだし、誰かを犠牲にしようとさえしなければとてもいい案だと思う。

 だけど、私が考えているような簡単な話ではなかった。


「ランさん。カイルは自ら進んで旅に出たのではありません。彼は国王から命じられたのです。これは私の父が治める領土内の噂ですが、カイルが選ばれたのは、国王にとって一番どうでもいい存在が彼だったから」


 聞いていて、あまり気持ちのいい話ではなかった。近年激化するモンスターとの争いに不満の声が高まり、国王は自らの息子を魔王討伐に向かわせる事で国民のご機嫌取りをしようとしたのだろう、とニール達は思っているんだとか。


「これは王城から離れている土地だからできる噂ですわ。そんなことを城下街で言おうものなら、打ち首でしょうね」

「なんていうか、嫌な国ね」

「えぇ、とびっきり」


 ニールはそう言って微笑む。自嘲しているのかもしれないけど、完璧な微笑みをたたえる彼女の表情は私には読みきれなかった。

 しかし、今の彼女の話で一つ気になったことがある。それを無視することは、どうしてもできなかった。


「モンスターとの争いって、何?」

「それは……」


 もし、セイン国の人達に甚大な被害があったんだとしたら……それって、勇者のしてることは、必ずしも間違えてるとは言えないんじゃないかって。

 当然、私達の命と引き換えに剣を抜こうなんて、どんな理由があっても許せるものではないけど。少なくとも、勇者側にも事情があったとしたら……。例えば、私達がそのモンスターの掃討作戦に参加するとか、他にも道が見えてくるんじゃないかな。


「簡単に言うと、城下街周辺の都市開発が原因で、元々そこに生息していたモンスター達が棲む場所を求めて人里に現れるようになってしまったんですね」

「結局国王サイドが悪いんじゃねーーーか」


 腕を組んで壁にもたれ、黙って話を聞いていたフオちゃんだったけど、原因を聞くと不機嫌そうに声をあげた。マイカちゃんもそれに同調している。私は、怒るというよりかはがっかりしてしまった。この国の偉い人達とはとことん反りが合わないらしい。

 ただ、都市開発とやらを進めた経緯については、少しばかり同情の余地があった。砂漠に浸食される城下街を維持し、不測の事態に備えて、人が住める土地を広げておこうという話になったらしい。


「一つのささいな事がきっかけで大きな紛争になることもありますわ。城下街の人達だって、自分達の都市開発が巡り巡ってハロルドの人々の命を奪うことになるとは、ゆめゆめ思っていないはず」

「それはそうだろうね。でも事実私達は脅かされてるんだから、抵抗しなきゃ」

「当然ですね。そうして争いはもっと大きくなっていくのです」

「そんなことない」


 ニールは、のんびりとした調子で、わりと酷いことをさらっと言う。しばらく話していて、彼女の性格はなんとなく分かった。だけど、この争いは終息しないと心のどこかで諦めている彼女に少しだけいらついてしまった。

 強い語調で自身の発言を否定されたニールは、はっとした顔で私を見た。私は目を逸らさずに言う。


「全部、私達が終わらせる。誰も死なせたりしない」

「ちなみに、私はどんな事情があったとしても、やっぱり勇者は死んでいいと思ってるわ」

「マイカちゃん」

「なんならブッ殺すまであるわ。まだ生きてるなら、の話だけど」

「ちょっと」


 今すごく真面目な話してたでしょ。身も蓋もないこと言うのやめて。私が制止してもマイカちゃんは話し続ける。そして、言葉を切ってから、小さく言った。


「だけど、ランがそう言うなら。半殺しの刑十回くらいで許してあげるわ」

「そういうのなんて言うか知ってる? あのね、拷問って言うんだよ」


 私はマイカちゃんの肩を掴んで言い聞かせる。ニールは微笑んで、そして遂に立ち上がった。

 私達との会話の中で、彼女なりに思うところがあったようだ。この話のどこで協力してくれるつもりになったのかは分からないけど、とりあえずは彼女の気が変わる前に動き出そう。


 言動は奇人そのものだけど、所作はさすがお嬢様だ。いちいち優雅で気品が漂っている。行きましょうかと声を掛けられて、私は元気に返事をした。転送陣に向かおうとした私を引き止めたのは、マイカちゃんでもニールでもない。フオちゃんの一言だった。


「ニール、全部終わったら私と暮らさないか?」


 え? あの人なに言ってんの?

 はい?


 聞こえなかったことにして歩き出そうかと迷ったけど、黙って抱えきれるような発言じゃない。私はギギギと横を見た。マイカちゃんもギギギってなってた。


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