第150話



 目が覚めると……いや、目は覚めている、と思う。ほとんど真っ暗で何も見えないけど。目を開けているかどうかも自信が無くなってきた。

 多分、私はいま気が付いた。眠っていたというか、気絶していたというか。とにかく頭に鈍痛が走っているので、よくない意識の失い方をしたのは間違いないと思う。


「……あぁ」


 そうだ。私とマイカちゃんって。ご飯に何か混ぜられたんだ。何かは知らないけど、絶対それが原因だ。食後に、急に眠気が襲ってきて……。


 ダメだ。頭がぼんやりする。あれ? 全部夢だったっけ。

 ここ、どこだろ……。甘い匂い。私の家は絶対にこんな匂いしないし……まさか、マイカちゃんの部屋とか?


 いや、そもそも、なんであの子の部屋に私が……。


「……?」


 薄暗い部屋の中、徐々に目が慣れてくる。私の隣には、確かにマイカちゃんが居た。近過ぎてあんまりよく見えないけど、このふわふわの毛はマイカちゃんだ。私はそれを知っている。何故か。それは分からないけど、でも視界に入った瞬間に彼女であると確信できた。

 マイカちゃんは私の左腕に頭を乗せていた。私は右手を上げたり後ろに回したりして、自分がおかれてる状況を確認する。何かに閉じ込められているのは、なんとなく察していた。目が見えるようになってきて、手を動かして初めて、想像していたよりもずっと狭い空間に閉じ込められていたのだと知る。

 さすがに棺桶とまでは言わないけど、そういう狭い空間。高さ奥行きと、目の前にある扉っぽいものの輪郭と、反響する音と。触覚、視覚、聴覚を駆使して手探りしていく。ここは縦横二メートルくらいのような部屋のようだ。高さは分からない、さすがに手が届かなかったから。でもきっと同じようなものだろう。粗末な独房をイメージするとちょうどいいかもしれない。


「……立てばいいんだろうけど」


 それが出来たら苦労しない。妙な気分で頭がぼーっとする。意味のある言葉を吐いて気付いたことは、頭だけじゃなくて呂律まで回らない、ということだった。

 立ち上がろうと投げ出されていた足を引き寄せてみたけど、膝を立てるのがやっとで、それ以上動くことはなかった。


「ラン……」

「んー……?」


 何もかもがおぼろげだ。自分がこんなところに閉じ込められている理由も。マイカちゃんが私を潤んだ眼で見つめてるっぽい理由も。暗くてその表情がほとんど拝めないことを残念に思う理由すらも。


 柔らかくて少し湿っぽい肌が私の首に巻き付く。甘い匂いと、まだ何もしていないというのに、走馬灯のように私の頭の中を駆け巡るアレソレ。頭の中では私とマイカちゃんが言い訳できないくらいいやらしい触れ合い方をしていた。

 なんでそんなこと、考えちゃったんだろう。私が、望んでいるからって、そういうことなのかな。


「マイカちゃん……?」



 何にも考えられない。ただしたいことだけははっきりと分かっていた。私はマイカちゃんの頬に触れて、顎を掴んでほとんど見えない暗闇で見つめ合う。マイカちゃんは私の首をひと際強く抱いて、早くと催促をした。

 何のことを言われているのかなんてとぼける余裕なんて無かった。私も同じ気持ちだったから。私達の唇が重なる直前、どこかでこの様子を視ることが出来ているのか、邪魔をするように声が響いた。


「単刀直入に言う。ヤヨイの居場所を教えろ」


 心の中に語りかけてくるというよりは、直接耳がその音を拾っている感覚だ。暗闇の中で、自分の感覚が少しずつ研ぎ澄ますされていくのを感じる。


「そうすれば、もっと二人で気持ちよくなれるクスリをやろう。今の五倍だ。一分以内に言うなら濃度も奮発してる」


 そうだ。

 私、ルーズランドのヒノモトの地下にいるんだ。


 少しずつ覚醒していく意識も、腕の中にいるマイカちゃんを見れば、手放しても致し方ないもののように思えてくるからいけない。

 彼女は私に縋るように抱きついて、時おり耳や首、頬にキスをして何かをねだった。何かをなんて濁したけど。私には分かってる。マイカちゃんは思考を手放して目先の快楽を貪ろうと私を唆そうとしているんだ。


 私は彼女よりも少しだけ大人だから知ってる。こういうのは始めが肝心だって。とりあえず一口とか、一回だけとか、そうやって安易に道を踏み外すかどうかが人生の別れ道になる。


「……私達、ほとんど裸じゃん」


 恐らくは彼らと同じような前開きの衣装を着せられているようだけど、とにかく酷く薄っぺらかった。触れれば肌の質感が分かるほどに頼りないそれを、”服を着ている”と言い表すことは少し抵抗があるというか。


「ランの、ばか……」


 マイカちゃんは一向に触れてこようとしない私に痺れを切らしたようだ。腰の上に乗って、私の右耳のすぐ隣に片手を付いて、こちらを見下ろしていた。マイカちゃんの瞳が私を急かすように揺れたのははっきりと見えた。


 マイカちゃんは私の片手を掴むと、自分の胸へと導こうとしていた。ぼーっとしているといっても相手はマイカちゃんだ。私が腕力で敵う訳がない。私ははりのあるおっぱいを下から、手のひらで重みを受け止めるようにしながら策を講じようとしていた。

 結構ソッチ方面は淡白なつもりでいたんだけど、体を震わせて吐息を漏らすマイカちゃんを見て、冷静でいられるか分からなくなっている。チョロいな、私。マイカちゃんは私のお腹の上に手を置いて、たまにその指が私の肌に少し沈む。彼女が気持ち良さそうに腰をくねらせる仕草を見て、何かが吹っ切れそうになったけど、ぐっと堪えた。

 ……ホントに気を付けないと、簡単に意識持ってかれそう。

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