第60話
初めて見た時よりもずっと低い位置でドラシーは羽ばたいている。大きな羽が風を漕ぐ姿は、水面を泳いでいるようにも見えた。頭上に海が広がっている、そんな錯覚に陥りそうになりながら、二人の後をついていく。
「ラン達はさー、ルクスの方から来たんだよねー?」
ルークが話しかけると、私が反応する前にマイカちゃんが「そうよ!」と元気に返事をした。飛んできた方向から考えると、ルーク達はジーニアの方から来たように見えるけど、どうだろう。
「そっかー! あっちには黒の柱があったよね! 急に消えちゃってびっくりしちゃったよ」
何気ない世話話なんだろうけど、黒の柱の名前が出て、私達はびくりと体を震わせたあとで、適当に調子を合わせて愛想笑いをする。なんでも、ルークは柱が消える瞬間も空を移動していたらしい。急に消えてしまった柱に、ドラシーが驚いて落っこちそうになったと言って笑った。笑い事じゃないけどね。それ死ぬじゃん。
「私達は今朝、キリンジ国のミンクを発ったんだー! 荷物を届けて来たんだけど、あの村は今、白の柱の噂で持ちきりだよ!」
どうなっちゃうんだろうねと、ルークは大して不安でもなさそうにそう言って金髪を靡かせている。表情は見えないけど、多分どうってことないって顔をしている。勇者の軌跡が消えていくことを恐ろしく感じないタイプの人のようだ。そう思うと、なんとなく仲良くなれる気がした。
それにしてもやっぱりすごい噂になっているようだ。私とマイカちゃんは目を合わせて苦笑いする。その柱を消した張本人が私達だと知れば、きっとルークは驚くだろう。無意味に他言するつもりはないけど、ちょっとその顔が見てみたくなって、私は一人で笑った。
「あ」
「ルーク? どうしたの?」
「やっばい。敵さんだ。アンガーバイソンが群れでこっちに走ってくる」
耳をすますと地鳴りのような音が聞こえなくもない。空にいて視野が広くなっている彼女が言うのなら間違いではないのだろう。私は腰から双剣を抜き、マイカちゃんはルークに降りてくるよう指示を出す。
ルークはドラシーの手綱を引いて、空を旋回するようにしてから私達の前に降り立った。かなり慌てていることが表情から伝わってくる。
「ごめん、この子でも二人は乗せてあげられないよ。一人ならなんとか」
「違うわよ。これ、持ってて。私達の荷物」
マイカちゃんはルークに鞄を放り投げると、小手を装着している手を何度か握ったり開いたりして、武器の調子を確かめるように動かした。
「いや、え、戦うの? 向こうは四匹もいるんだよ?」
「あら。思ったより少ないのね。ねぇラン」
「そうだね、群って言うから何十匹もいるんだと思ってた」
「ルーク、危ないからドラシーと空に居て」
こうして話をしている間にも、重たい足音は迫っている。姿が見えてきて、私はやっぱりすぐに逃げたくなった。想像していた三倍は大きい。私達の倍くらいある四足歩行の生き物が土煙を上げて、こちらへ刻一刻と向かっていた。
「ラン、ジェイと戦ったときみたいなの、炎の剣で出来ない?」
「できると思うけど……」
「アンガーバイソンってあれよね。船の上で食べたお肉」
「あぁ、そうだね。……まさかそのまま焼いて食べる気?」
「そうだけど?」
野生児か。
でも、そういうことなら……!
私は氷の刃だけ鞘にしまって、両手で炎の剣を握る。片手用の武器だから、あんまり柄に余裕はないんだけど。
マイカちゃんはその間に私の後ろへと回り込んで待機していた。モンスター達が近付いてくる。三匹。もう一匹は隊列から少し遅れて走っている。あれの処理はマイカちゃんに任せるとして、私は数の多い方を一掃しよう。
——炎の女神、イフリーさん。そういうことだから、力を貸して。
念じると、短剣に炎が宿ってぐんぐんと伸びていく。氷みたいに質量がないせいか、どれだけ伸びても重たくはならないようだ。刃の形をした炎は人三人分くらいに伸びて、そこで止まった。頭上でルークの「おぉ!」という声が聞こえる。アンガーバイソン達は変わらずにこちらに向かっている。おそらく、もう間合いに入った。
「今だ!」
真一文字に剣を振ると、脚を斬られたモンスター達は崩れ落ちるように地面に転がった。脚も胴体も等しく燃えている。一振りを終えると、剣からは炎が消え、いつも通りに戻っていた。
まだだ、もう一匹いる。怯んで逃げるならそれでもいい。私達は残されたアンガーバイソンの挙動を睨みつけるように観察した、が、奴は怯むどころか更に勢いを増して一直線にこちらに走り始めた。
「やるわね、気合い入ってる」
「マイカちゃん、任せていい?」
「当然」
そう言って彼女は私の後ろから飛び出す。
両者はぐんぐんと距離と縮めていく。衝突の瞬間、マイカちゃんは斜め右に跳ぶ。
「あぶなっ!」
「っらぁ!」
瞬時に繰り出されるマイカちゃんの右はアンガーバイソンのぐるっと巻いた角を砕いてそのまま顔面にヒットする。一撃で巨体が地に転がるのを見届けると、私は無意識に止めていたらしい息をゆっくりと吐き出した。
「何してんのよ、二人とも。おやつにするわよ」
私の気も知らないで、マイカちゃんは殴り倒したモンスターを指差して笑っていた。本当、この子には敵わない。色んな意味で。
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