全ての道を統べる国 マッシュ公国
マッシュという国
第61話
「いやぁドラシーちゃん、良かったね」
「グォー!」
ドラシーは嬉しそうにぐるぐると空を旋回して可愛い鳴き声をあげた。アンガーパイソンの脚は私達が食べて、内臓なんかの、焼いただけではちょっと食べられそうにはないところはドラシーの胃の中に収まることになった。といっても、全部は食べきれなかったんだけど。
マイカちゃんは後で食べるなんて言って二本の脚を担いで持ち歩いてるけど。ちょっと逞しすぎない? この子。
「にしても、二人とも本当に強いんだね! びっくりしちゃったよ!」
「そんなことないよ、強いのはマイカちゃんだけ」
「またまたー! ランだってすごかったじゃん! まさか二人とも魔法が使えるとはね!」
私は聞き捨てならない言葉に固まった。魔法? マイカちゃんが?
え? と言って見上げると、ルークは続けた。
「マイカは身体能力強化の魔法を使ったんでしょ!?」
「あー……」
ルークは信じられないかも知れないけど、この子、完全にマジカルじゃなくてフィジカルの存在なんだよね……。まさかあれを生まれながらの腕力と脚力でやってのけたと思えないのは、まぁ仕方がないと思う。私も慣れるまでは驚きの連続だったし。
隣を見ると、マイカちゃんはキラキラとした目で私を見ていた。なんだろう、その嬉しそうな視線の意味が分からない。
「私、無意識の内に魔法を使ってた……?」
「使ってないからね。落ち着こうね」
私は魔法の使い手と呼ばれて嬉しそうにするマイカちゃんを落ち着かせる。そんなわけないでしょ。本当に魔法に憧れてるんだなぁというのを目の当たりにして、いつも通り全く魔法的なオーラを感じない彼女を少し気の毒に思う。
「あ、見えてきた! 二人とも、あそこがマッシュ公国だよ!」
ドラシーから身を乗り出して、ルークは前方を指差す。ぼんやりと見えるのは確かに街だった。それもかなり大きい。公国というだけあって立派だ。どこからどこまでがマッシュ公国の領土なのかはちょっと分からないけど、きっともうその中に入っているのだろう。
歩調が自然と早まる。私達はまだ見ぬ街を目指して進んでいた。南の方角から、人を乗せた別の飛竜が街へ向かうのが見える。きっとルークみたいな仕事の人が戻ってきたのだろう。空から街へと入る。その光景がちょっとハロルドを彷彿とさせて、少し懐かしい気持ちになる。
そうして徐々に大きくなっていく街を見ながら、マイカちゃんは言った。
「ルーズランドへの近道、ね。私達を側まで運んでくれる人なんて、本当にいるのかしら」
「探すしかないよ。あとでルークにも聞いてみようよ。彼女はなんだか詳しそうだし」
「そうね。気にしていても仕方がないわね」
そう言ってマイカちゃんはアンガーバイソンの脚に齧りついた。うん、街に入る前にそれはどうにかしようね。モンスターの脚持って街に入るとか普通にヤバい人だからね。
もぐもぐと咀嚼をしながらも、彼女は街を目指す足を緩めようとしない。それを見下ろしてルークは快活に笑った。
結局到着直前に二本目の脚を食べ終えた彼女は、骨をその辺にぽいっと捨てた。いつか土に還るだろうからそれはいいとして、本当にこの短い時間で平らげてしまったことに軽く畏怖する。マイカちゃんの胃袋、どうなってんのかな。
「そんじゃ、私は行くところがあるから! あとで私の会社に来てくれない!? 西区にあるハブル商社ってとこだから!」
ルークがそう言うと、ドラシーは一際大きく羽ばたいて街の門を超えていった。私達は手を振って二人を見送る。私達も行こうか。そう言って門の入り口へと移動すると、門番の人に話しかけた。
「ようこそマッシュ公国へ」
「はじめまして。観光なんですけど」
「あぁ、ごゆっくり。ちなみに俺のオススメは中央区のマイティーミートだ。あそこは世界中の肉料理が食えるいい店なんだ」
「へぇ! ラン! 是非行きましょう!」
「マイカちゃんは今まで食べてたでしょ!」
「別腹に決まってるでしょ!」
「肉同士なのに!?」
私達のやりとりに門番の男性はカラカラと笑って見送ってくれた。中に入ると、その活気に圧倒されてしまった。
入ってすぐ、真っ直ぐ伸びたレンガで舗装された道に、観光客を出迎えるようにずらりと並んだ市場。みんなが自分のお店の野菜や果物を、安いとか鮮度がいいとか自慢し合って道行く人に声を掛けている。
背の高い門に阻まれて中は全然見えなかったけど、大小様々な建物がひしめき合っていて、景観だけでも観光客を喜ばせるような趣がある。特に街の中央のほうにある時計台は大きくて立派だった。少し古いものに見えるけど、それも歴史を感じさせる味がある。
さらに、賑やかなのは街だけではない。空には様々な飛龍系のモンスターが飛び交っていて、交通渋滞を起こしそうになっている。
近くに立っていた男性は「ようこそ、全ての道を統べる物流の国、マッシュ公国へ」と言って、私達にパンフレットを手渡した。それを受け取って少し歩いてから、私は呆けながら呟いた。
「すごいところに来たね」
「そうね。あ、見て。街の中央にお肉のマークが付いてるお店が載ってるわ。マイティーミートじゃない? 行かないと」
「いや……せめて宿を決めて夕飯にしようよ……」
私は爛々とした目のマイカちゃんを宥めながら、とりあえずは宿屋街っぽいマークが付いている東側の区を目指すことにした。
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