第59話
私はジーニアの雑貨屋で手に入れた地図を広げて、目の前に広がる光景と地図とを交互に見ていた。マイカちゃんは腕を組んで、若干苛立った様子で私を見ている。人差し指をとんとんとんってしながら眉間に皺を寄せて。ここまでして“若干”で済むんだからすごい。マイカちゃんが普通に機嫌悪くなったら、私が「痛い!」って言う事態になってるからね。
「ラン、迷子なんだよね?」
「いや、そういうワケじゃないんだけど」
「じゃあ今どの辺歩いてるの?」
「ここら辺だよ」
「左手に林なんて見えないけど」
そう、私達は絶賛迷子中だ。というかここまで言うならマイカちゃんが道案内してくれればいいのに。「私は地図とか得意じゃないから」って、却下されちゃったんただよね。なんでできないことをそんなに威張って言えるのかちょっと分かんないけど。
「もう! 今日こそ暖かい布団で寝れると思ったのに! ランのばか!」
「バカ!? なんで私のせいみたいになってんの!? さっきの別れ道、私は右だって言ったのにマイカちゃんが絶対左とか言うからこうなってんだよ!?」
「それが原因かどうかなんて分かんないでしょ!」
「いや状況的にそうとしか考えられないじゃん!?」
「その地図がおかしいのよ!」
「なんで歩いたことのない道に対して地図を疑えるほど自信満々なの!?」
私達がこうして喧嘩をするのは日常茶飯事で、その声におびき寄せられてモンスターがやってくるのもまた日常茶飯事となりつつある。
だけど、今回は違った。何かの羽音が聞こえてきて、それが徐々に大きくなっていって。何かが私達と太陽の間に入ったように、真下が影で覆われる。そこでやっと顔を上げる気になった私達が見たのは、飛竜系のモンスターだった。しかしただのモンスターではない、明らかに調教され、人に慣らされている子だった。
「え、何あれ」
「さぁ……」
足を止めると、逆光で見えない何者かが「おーい」と大きな声で叫ぶ。周囲には当然私達しかいない。まさか、そう思って手を振ってみると、小型の飛竜はゆっくりと降下を始め、そうして私達の目の前に降り立った。
はっきりと姿が見えてやっと、分かったけど、これはハイワイバーンだ。ハロルドでもこの種類を飼ってる人が何人か居た。みんな行商を生業にしている人達だった。
頭は小さめで体が大きく、翼も大きい。長距離の移動が苦にならない彼らはその大きな体にいくつも鞄を括り付けられていた。目の前にいるハイワイバーンも例外ではない。紺色の体に薄い茶色の鞄を装着して、主人が降りやすいように姿勢を低くしている。
ハイワイバーンから軽やかに降りてきたのは若い女性だった。と言っても、私と同じかちょっと下くらいだけど。
彼女は金色の長髪を風になびかせて、掛けていたゴーグルを外しながら近寄ってくる。くりくりと丸い目は物珍しいものを見たという風に輝いていた。私は耳に翻訳機が付いていることを確認しながらその女性を見つめた。
「二人の喧嘩、私にも聞こえてきたよ。どしたの?」
「実は……ちょっと現在地が分からないっていうか、目指してる筈の街が見当たらないっていうか、その」
「もう! はっきり言いなさいよ! 迷子なんでしょ!」
私の自尊心をバキバキにしながら、マイカちゃんは今の私達の状況を的確に一言で言い表した。それを聞いた女性は高らかに笑ったあとで、どこに行きたいの? と訊いてきたので、マッシュ公国と告げる。
「あー、やっぱり。まぁしょうがないよ、結構遠いし。マッシュ公国目指してるなら方角は合ってるよ。この辺はだだっ広いからね。ルクス地方からの距離を間違えてる地図は実は少なくないんだ」
「そうなんだ。じゃあ、私達は迷子ではなかったということ?」
「往生際が悪い!」
「痛い!」
マイカちゃんは私の足をガスンと踏みつけて怒鳴ると、女性に向いて言った。ねぇ、足の骨折れてる気がするんだけど気のせいかな。とんでもなく痛いんだけど。
「あなた、この辺りには詳しいの?」
「まぁね。私は見ての通り、この子とその辺飛び回って荷物や手紙運んだりしてるから。私もマッシュに戻るところだったし、ゆっくり飛んであげるから地上から付いておいでよ」
「いいの!?」
「いいって。ついでだし、急ぎの用事もないし」
命を救われた気さえした。本当に有り難い。私はお礼を言ってから、自分達がまだ名乗っていないことに気付いた。
「私はラン。こっちの乱暴なのはマイカちゃん」
「そう。私はルーク。男の子みたいな名前だよね」
「そんなことないよ。よろしくね、ルーク」
隣でマイカちゃんが「そんなことあるわよ」って顔をしてるけど無視。これから良くしてくれようって人相手だからか、さすがのマイカちゃんも口を噤んだようだ。偉いって褒めたいとこだけど、このタイミングで褒めたら色々と都合が悪い。
ルークはハイワイバーンにドラシーという名前を付けているらしく、「んじゃ、のんびり街に帰ろっか」と話しかけると軽やかにドラシーの背に飛び乗った。
二人が十分に地上から離れたあと、私はマイカちゃんに「男の子の名前みたいって思ったのに肯定しなかったの、偉かったね」と言ってみると、また足を踏まれた。
「いっだ!」
蹲る私を見たルークは、空から「どうしたのー?」と心配してくれた。ごめんね、ちゃんと後から付いてくから、ちょっと先行っててくれないかな。
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