第58話
私達は平原を歩きながら、時折空を見上げていた。ガーゴイルとは違う飛翔体が空を結構な頻度で飛んでいるのだ。迷うことなくどこかからやってきて、どこかへと飛んでいく。その様子を見るに、彼らには目的地があるようだった。
「あれ、モンスターで何かを運搬してるのかしら」
「多分ね」
「たまに何も持ってなさそうなのを見かけるけど……帰り道なのかしらね」
「……マイカちゃんの視力ってどうなってんの?」
すごいなぁ。視力一つ取っても、私ってマイカちゃんに敵わないんだぁ。
妙なポイントに感激しながら草を踏みしめ、夕陽を背にとことこと歩いていく。そういえば、ジーニアを出るまでは、柱の光を目指して旅をしてきた。今も視界の外れに赤い柱の微かな光は見えるけど、そこを目的地とはしていない。そうやって新しいどこかを目指すのは、何気に初めてな気がする。
「なんか、旅って感じだね」
「何よ。今更」
「んー、なんとなく。もう少し歩いたらキャンプにしよっか」
「そうね。地形が変わる前に、休んでおきましょ」
「多分もうちょっと行ったところに川があるハズだから、その近くにしない?」
こうして、淡々と野宿の打ち合わせを済ませる。すごい成長っぷりだと思う。以前の私達じゃ考えられなかった。
そもそもマイカちゃんはベッドで寝たいという、冒険者として有り得ないレベルのわがままを言ってたし、私もモンスターの影に怯えながらびくびくして上手く寝れなかったりだったし。
旅を始めてから何も変わっていないような感じがしてたけど、こうして見るとこの旅は私達を大きくしているような気がする。
その時だった。人魂のようなモンスターが二体、ふよふよと楽しそうに飛んできた。戯れるようなその動きからは敵意は感じられず、私とマイカちゃんは自分達が火傷しないようにだけ注意して、距離を取って歩き去ろうとした。
ちょうど真横に並んだくらいの頃、二つの人魂は私達に気付いて、身体を大きく燃やしながら距離を取った。多分、こちらに来ないように威嚇しているんだと思う。多少驚きはしたものの、それだけだ。マイカちゃんも臨戦態勢は取らず、荷物を担いだまま人魂の動きを見つめていた。
「……何よ、あれ」
「多分だけど、私達が怖いんじゃないかな」
「モンスターに怖がられるなんて心外だわ」
「めちゃくちゃ正しい判断だけど、失礼だよね」
「あいつらの恐怖を肯定するのやめなさいよ」
人魂達は十分距離を取ったと判断したらしく、ある程度のところまで離れると、ぴゅーっと勢いよくどこかに飛んでいった。あっという間に見えなくなってしまって、なんだか複雑な気持ちになる。
「そんなに急いで逃げなくても。私達は追っかけるつもりなんてないわよ」
「でも、そんなのあの子達には分かんないでしょ」
マイカちゃんは腑に落ちないというむすっとした顔をしている。こういうときは余計なことを言わないのが一番だ。私は経験則でそれを学んでいる。
ちょうど視界の先に川が見えてきたので、私は目の前の光景に話題を変えて、マイカちゃんの気を逸らした。
夜、薪を眺めながら、ぽつりとマイカちゃんが呟いた。もし勇者達だったらどうしただろう、と。
彼女が何の話をしているのかはすぐにピンと来た。昼間に私達を見て逃げていったモンスターのことを考えていたのだろう。私はあの腹黒な勇者の気持ちになって考えてみる。
「わざわざ殺す為に追いかけたりはしないだろうけど、進路に現れた時点で邪魔だって殺してるだろうね」
「……やっぱりそうなるわよね」
「どうしちゃったの?」
当然、彼のやりそうな行動は褒められたものではないけど……こんな些細なことをいつまでも気にかけているマイカちゃんが不自然で堪らない。何かあったのかな。黙って膝を抱えて、薪の炎を見つめている彼女を横から覗き込む。ぱちぱちと音を立てる火の動き合わせて、それを映す瞳が揺らめいている。
「コロルさんは、人ではないよね」
「……え。うん。ドワーフだからね」
こんなテンションの彼女はあまり見たことがない。怒っているとも違う表情で、少し近寄りがたいオーラをまとっていた。
「でも、人間と共存している」
「ドワーフやエルフをモンスターと一緒にするのは怒られそうだけど……言いたいことは分かるよ」
「私だって、分かってる。私達はあの人魂を見ても怖くなかったから、冷静に対処することが出来ただけだって。もし自分に戦う術がなかったら、モンスターってだけで怖がってただろうし、過剰に反応して向こうを変に刺激してたかもしれない」
私はマイカちゃんの独り言のような呟きに耳を傾ける。彼女が何を考えていたのかを知りながら、その悩みに共感しながら。
「恐怖心から不要な争いが生まれることもある。今の勇者が支持されている理由も、きっと大して変わらない」
「うん。だから馬鹿馬鹿しいんだよ。私は、分かり合えないからって、傷付け合う必要なんてないと思うんだよね」
私がそう言うと、彼女は安心したような顔で「そうよね」と言った。
あとマイカちゃんの身体能力や戦闘力も人並み外れてるよ、と続けたかったけど、言ったら怒られるのが目に見えているので、黙って彼女の頭を撫でておいた。
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