第53話
関所を抜けて夕方にコタンの町に到着した私達は、適当な宿を取ることにした。正規のお金を払うと言ったのに、娘を助けてもらったお礼だとかでタダで泊めさせてもらうことになってしまう、なんて軽いハプニングが起こったけど、もちろん悪い気はしない。ただ、気を遣わせてしまうのも申し訳ないので、一晩休んだらすぐにこの町を発とうと思った。
こちらの宿には四人部屋が空いていないと言われたので、二人部屋を二つ用意してもらうことになった。クロちゃんの強い希望で、レイさんと私のペアで部屋に入ろうとしたんだけど、なんか急に遠慮されて私はマイカちゃんと部屋を使うことになった。
笑顔で拳を震わせていたけど、そんなに私と一緒に居たいのかな、マイカちゃん。意外過ぎて声も出ないんだけど。
夕飯を済ませて寝支度を整えていると、パジャマに着替えたマイカちゃんが私のところに小手を持ってきた。ベッドに座る可愛い女の子。物欲しげに見つめる目。腕の中には小手。どういうフェチ向けの絵面なんだろうと思いながらも、わざわざそれを持って私のベッドにやってきた理由を聞いてみる。
「すっかり忘れてたんだけど、精霊石の力使っちゃったじゃない」
「あぁ、そういえば」
オキドキと戦った時に、彼女は右手に宿した炎の精霊の力を使用した。この中に入っている精霊石は、今はただの綺麗な石だ。何か祝福を付与してあげないと。
「それは分かったけど、別に明日でもよくない……?」
「明日言おうとしてまた忘れちゃって、強敵との戦闘になって私が死んでもいい、そういうことね」
「そこまで言ってないじゃん!?」
私は慌てて立ち上がる。別に今やりたくないってワケじゃないし。彼女から小手を受け取ると、持ち歩いていた簡易的な工具を使って精霊石を取り出した。
「ごめん、そんな面倒な作業だと思わなかった……」
「別に面倒じゃないよ。それに、これは私が精霊に気を遣って、勝手にやってることだしね」
「どういうこと?」
「ほら、こうやって見えるようにしておかないと、もしかしたら迷子になっちゃうかもしれないじゃん」
「……たまにランの言うことが分からないわ」
そんな冷たい目しなくたっていいじゃん。私のことを妄言吐くヤバい人だと思ってるんでしょ、そんなんだからマイカちゃんは精霊に相手にされないんだよ。
なんて言葉が頭を過ったけど、口にしたらこれからおやすみどころか永眠させられそうだから黙っといた。私、最近黙っとくこと増えたな。それだけマイカちゃんに対するツッコミが容赦なくなってきてるのかな。よくわかんないからまぁいいや。
顔を上げると、彼女はすごく真剣な表情で私の手元を見ていた。祝福の付与にすごく関心があって、色々期待してるみたいだけど、がっかりしないといいな。ものの数秒で終わっちゃうんだよな、これ。
「じゃあやるよ。えーい」
「えっ」
「はい終わり。また炎の精霊の力を付与したからね」
「えぇー!?」
マイカちゃんがもっと壮大なものを期待してたのは分かるよ。でも、本当に呆気なく終わるものなんだよ。
力の付与が終わったので、小手を元に戻す。といっても、完全にバラバラに分解したわけじゃないから、すぐ終わるんだけど。こういう運用を想定しているから、その部分だけは取外しやすいようにしてあったし。
「はい」
「あ、ありがとう」
私は小手を軽く手を拭いてマイカちゃんに渡すと、今度こそ布団に入った。明日はのんびりめに起きて、あの森を目指そう。道はわりとはっきりしてたし、きっと迷うことはない。昼食を食べてからでも間に合うだろうから、ゆっくり休んで、買い物を済ませてから町を出ようかな。
明日のことを考えて目を瞑っていると、本当に眠たくなってきた。隣の部屋からどかどか聞こえていた物音も随分前にしなくなったし。きっとクロちゃんが抵抗に疲れて寝たんだろうけど。
「マイカちゃん、おやすみ」
「ら、ラン」
「……ん?」
身体は起こさずに、声だけで返事をした。どうしたの? そう言ったつもりだったけど、マイカちゃんは何も言わない。
「え、何?」
足音がして、それが近付いてくる。振り返ると、ベッドのすぐ横にマイカちゃんが立っていた。なんかむすっとしてる。怖い。
「はい……?」
「も……」
「も?」
「もっと端っこ寄りなさいよ!」
「はぁ!?」
「私が寝れないでしょうが!」
「いや自分のベッドで寝なよ!?」
堪らず身体を起こして、もう一つのベッドを指差そうとした。が、あるものを発見して、私の手は中途半端なところで固まった。
「いやなんで小手を寝かせてんの!? っていうか拳のところを枕に乗せてるけど、頭そっちなの!?」
「どっちだっていいでしょ! せっかく精霊の力が宿ったんだから、今晩くらいゆっくりおやすみさせてあげたいでしょうが!」
「いや全然分かんないけど!? さっき私が精霊石を外に露出させたときの言い分の方が絶対まだマシだけど!?」
「いいから端っこ行け!」
どかっと蹴られて、私は端っこに移動した。というかさせられた。マイカちゃんは当然のように私の布団に入ってきて、枕まで強奪する勢いでぐいぐい来る。当然私だって譲らない。意味分かんないこと言って私を追いやったのはマイカちゃんだし。
それから私達は頭を何度かごちんとぶつけてから、やっと眠りに就いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます