セルフルートリバースディレクション

第202話

 私達はレイさんの家を出て歩いていた。転送陣の小屋がある周辺は結構拓けていたから、そこから飛び立とうという話になっていたのだ。

 すっかり慣れてしまった森の匂いと、マイカちゃんとの距離感。多分、人が見たら「ちょっと近くない?」ってなるくらいの。でも、いつからか、私達が並んで歩くと大体こんな感じになる。だだっ広い草原だろうが砂漠だろうが、多分変わらない。


 すごく久々に二人きりになった気がする。正確にはクーも入れて三人だけど。クーって人で数えていいのかな。ま、いっか。私達の子供みたいなもんだし。


「あの辺でいいかしら」

「うん。クー」

「クオ!」


 声をかけると、クーは私達を先導するように飛んでいった。これから始まろうとしている何かが待ちきれないのかもしれない。背の高い草に姿が隠れてしまったのはほんの一瞬だ。すぐにグングンと大きくなって、私達を見下ろしてニコニコしていた。


「グォォォォ!」

「よろしくね」

「グルルル……」


 私達はクーに乗って、身体を撫でた。張り切ってくれるのは嬉しいけど、無理はしないでね、と伝えると、翼が広がる。私の言ったこと、聞いてたのかな。あんまりのんびりしてる時間は無いから、ありがたいといえばありがたいけど。


 周囲に音の鳴るものがたくさん生えているから、いつもよりも羽ばたきが大げさに聞こえる。クーの翼の動きに合わせて、森が少しおしゃべりになった感じだ。


「道は私がその方角を手綱で引っ張るからね」

「グゥオォォ〜」


 木々の隙間から森の上に飛び出すと、私はクーに聞こえるように話し掛けた。クーは安全に、そしてできるだけ急いで目的地に到着することだけを意識してくれればいいんだ。面倒なことは私の方で対応する。


「まずはピコかしら。懐かしいわね」

「ううん。ピコの上空は、今日は寄らないかな」

「そうなの?」


 手綱をくっと引く私と、この先に何があるのか知らないまま指示通りに飛んでくれるクーと。マイカちゃんだけが不思議そうな顔をして私を覗き込んでいた。


「そりゃ、私達はインフェルロックからアクエリアに行って、舟でピコに行ったけどさ」

「そうよ。ピコは通り道じゃない」

「空で行くとなると違うんだよ。陸路と違って障害物って無いじゃん。高い山があったらそれは邪魔だろうけど」

「……よく分からないけど、まぁ任せるわ」

「あ、うん。とりあえず落ちないように捕まっててね」


 地図を見ればコタンの森からインフェルロックやグレーテストフォールを目指した場合、ピコどころかアクエリアすら通らないことになるんだけど、多分マイカちゃんにはそれが理解できてない。全部一直線に並んでるイメージで考えてそうっていうか。

 ちょっと話してみてお互いのイメージの乖離に気付いたから、私達は多分深手を負う前にこの話をそっとやめた。

 ま、私が分かっていればいいしね。私だったら自分がどこにいるのかも分からない状態で誰かにくっついて歩くって結構怖いけど……マイカちゃんを私と一緒に考えてもね。


 クーはコンパクトなサイズのまま全速力で空を漕いでいた。二人を乗せているにしては随分と小さいけど、これはクーが私達の行動の意図を理解しているという証拠に他ならない。すごく賢いと思う。親バカかな。

 拠点からの道を作るために、少数精鋭で、できるだけ隠密に。大きな体で人目を引くのは避けるべき。そして何より体力は温存しておくべき。クーの身体は、大きくなるほど、体力を消耗するみたいだから。クーの飛び方は全てを理解しているとしか思えなかった。


「クーは本当にいい子ね。きっと私に似たのね」

「産んだみたいな口ぶりだね……」

「私が責任を持って育てているし、毎日可愛がっているし、そう言っても過言ではないわね」

「そっかぁ〜……」


 あんまり言うと、クーが「え? あたちマイカに似てない?」と傷付いてしまうかもしれないから、色々と湧き出そうになった言葉達は自分の胸にそっとしまっておくことにした。

 しばらく無言で飛んでいると、マイカちゃんが私に抱き着く腕を片方だけ外して、指差して言った。


「ラン、あれ……何かしら」

「え?」

「ほら、あっちの方に青い何か……待って! アレ、海だわ!」

「アレは海じゃなくて湖だよ。ってことは、もうピコは通り越したんだね」

「そうなの!?」


 ここまで土地勘が無いと、なんか愛おしくなってくる。

 想像通りの空路を選べていることにほっとして、再び前を睨む。ここから先は森と岩石地帯を足して二で割ったような、独特の地形のエリアを抜けて、それからインフェルロックだ。そしてその奥にグレーテストフォールがある。

 転送陣作製の魔法を発動させるのは、できるだけ滝の近くがいいから、まだしばらくクーから降りるつもりはないけど……。私もマイカちゃんも、眼下に広がる光景に、既に懐かしさを感じている。

 私達は、あの巨大な岩山を知っているのだ。いや、知ってるなんてもんじゃない、あの中で育った。そして大切に思っている。だからあの日、旅に出て……こうして戻ってきたんだ。

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