第201話
翌日、私達は久々にすっきりとした朝を迎えた。ヒノクニでルリに泊めてもらったときもくつろぐことは出来たけど、やっぱり目が覚めてすぐにお日様を見れるかどうかって大事だ。
私は視線を窓の外から部屋の中に戻して、まだベッドで寝息を立てているマイカちゃんを見た。クーはたった今起きたところみたいで、大きなあくびをしている。冒険最後の日だなんて思えないくらい、普段通りの光景で、それが優しくて、少し寂しかった。
「マイカちゃん。起きて」
「ダメよ、ラン……私達まだ付き合い始めたばかりだし……そんなこと……」
「付き合い始めた日に淫夢見るのやめて」
「もう……何よ、今いいところだったのに……」
「現実の私より夢の私を優先させないでよ……」
そりゃ、そういうことはまだしてないけどさ。そんなのいつでもできるじゃん、多分。この戦いが無事に終わったら、さ。……いや、無理かもしれないから昨日しとくべきだったかな。
それから支度をして、部屋を出る前に軽くキスをしてリビングに向かった。キッチンには、なんとフオちゃんが立っていた。意外な光景に驚いていると、レイさんが調理器具なんか用意してくれたと嬉しそうに教えてくれた。
「やっぱ朝はみそ汁だよなぁ」
「みそ……あぁ、あのスープか。そんなもの材料まで用意できるの?」
「よく分かんないけど、地下に色んな植物の種があるらしいぞ」
「へぇ?」
ここにいる三人、全員が良く分かっていないので、それ以上この話をすることはなかった。私達に分かるのは、フオちゃんのおそらくまともな手料理を振る舞ってもらえるってことだけ。ニールの行方を聞くと、まだ寝てると思う、と言われた。
「っていうか昨日、ラン達の部屋でデカい音が鳴ったときも寝てたしな。あの神経の図太さには感心するよ」
ニールだけは昨日部屋に来なかったけど、そんなことだろうとは思った。別に、見て欲しいような光景じゃないからいいんだけど。
「あれ、おはよー。みんな早いね?」
「レイさん、随分朝早かったみたいだけど、ちゃんと寝たの?」
「寝た寝た。元々ショートスリーパーってヤツなんだよ、あたし」
「……? わ、私もそうよ」
「マイカちゃんは違うでしょ、絶対に」
多分、かっこいい響きだからなんとなく同意したんだと思う。否定すると、親の敵のように睨まれてしまった。
朝食が出来てフオちゃんがニールを、レイさんがクロちゃんを起こしに行って。これから世界に新たな理を刻みに行こうとしている一行の、朝の風景には見えないだろうなって思った。
「美味しい……」
「おっ、そうか。そりゃ良かった」
クロちゃんの呟きにフオちゃんが反応する。どう見てもニールと話しているときと表情が違う。口には出さないけど、クロちゃんって綺麗系のお姉さんっぽい人好きだよね……レイさんも黙ってたらすごい美人だし。喋ったら台無しどころかマイナスなんだけど。いや、喋らなくても、研究させたらもうマイナスか。
「これ食べたらさ、早速だけど二手に分かれて行動したいんだよね」
「いいわよ。どういう分かれ方?」
「巫女チームと封印者チーム。どう?」
レイさんはにやっと笑って私を見る。私達が封印者って呼ばれてること、楽しんでそうだな、この人。
当然、私に異論は無い。クーに六人全員が乗って移動するなんて難しいだろうし。そのサイズまで大きくなれるかどうかじゃない。そんなに大きくなっちゃったら勇者達に見つかりやすくなるっていう、そういう話。
「インフェルロックのどこか適当なところに転送陣の出口を設置してもらいたいんだよね」
「なるほどな。ラン達が先行して、転送陣を作るのか」
「そゆこと。転送陣の設置って死ぬほど難しいから、ランちゃん頑張ってね」
「プレッシャーかけるのやめて」
何でもさらっとやってのけてしまうレイさんが難しいと言うなんて、どんだけだ。先行組にはレイさんが入った方がいい気がするな。
「なんて、冗談。いや、難しいのマジなんだけど。だから、これ」
「何? これ」
彼女が私に差し出したのは手のひらサイズに折り畳まれた紙だ。広げたら結構な大きさになりそうだけど、これを使って何をすればいいんだろう。
「それを敷いて、真ん中の手形があるところに魔力を流し込むと、ちょっと待てば転送陣が下に出来てるんだよ」
「なんだよそれ、めちゃくちゃ便利じゃねーか」
「そりゃそうなんだけど、あたしがあらかじめ詠唱をその紙に込めてるだけだから。作るのに苦労するんだよ、それ。あとは頼んだよ」
「フオ、おかわり。よろしいかしら?」
ジーニアの魔法ショップで売ればかなり値が張りそうな代物をしっかりと鞄に入れて、私は「任せて」という言葉と共に頷いた。視界の隅では、フオちゃんが甲斐甲斐しくニールにスープをよそってあげてる。いいよ、そんなの自分でやらせなよ、って言いたいところだけど、何故かフオちゃんが嬉しそうなので何も言えない。
本当に、これから何をしに行くのか忘れてしまいそうになるほど和んでいる。レイさんは、食事を終えた私達を見て、「いってらー」とひらひらと手を振った。
「……あぁ、そっか。四人は転送陣が完成するまで動けないのか」
「そゆこと。それまでのんびり待ってるからさ。そうだな……ここからインフェルロックまでだから……四時間くらい? お昼くらいになったら転送できないか試してみるよ」
「ふざけんじゃないわよ。三時間でいいわ。ね? クー」
「クオー!」
クーはやる気満々だ。マイカちゃんの肩の上で腕を組んで、うんうんと頷いている。私も気付いてた。クーは昨晩から、体力がつくという木の実をたくさん食べていたことを。昨日は疲れていたからか、肩の上で走り回ったりはしていなかったけど。でも、クーなりに準備して、私達の力になろうとしてくれてるんだ。
「んー、分かった。それからは十五分置きに出口が開いてるか、転送陣から確認するよ」
「えぇ、それでいいわ。行きましょう、ラン」
「あ、うん」
私はマイカちゃんにぐっと手を引っ張られながら、巫女の四人に手を振る。
私の、最後の冒険が始まろうとしていた。
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