第124話
食事を進めながらもマトは話を続ける。ちなみに、彼はまだ気付いていないだろうけど、こんなに一方的に自分ばかり喋っていると、「食べたい分だけ各自取り分けましょう」というスタンスで注文した食事の六、七割はマイカちゃんのお腹の中に入る。私は多めに自分の皿に取り分けると、マトの会話に相づちを打った。
「まずな、オオノは元々門番の所属じゃないんだよ」
「そうなの?」
「旅人で、路銀稼ぎに近くの沼のモンスターの掃討作戦に参加したんだ」
あのオオノがさすらいの旅人というのは正直意外だった。綺麗すぎるせいか、旅で汚れたり野宿してるところが想像できないっていうか。
「そこで腕を買われて、門番隊の用心棒みたいな感じになったんだよ。あ、ちなみにオレは人の対応や通行証の管理なんかの事務方だから非戦闘要員な。とにかくオレ達はそこで出会ってなんやかんやあって一緒に暮らしてるんだけど」
「何よ、幸せラブラブハッピッピじゃない」
幸せラブラブハッピッピってなんだろうと思いつつも、私はマトの言葉が「けど」で終わったことが気になった。そもそも、なんでドボルがそんな巨大化してんの? って話からこうなってる訳だし。
「最近、ドボルの数が多いせいで、オオノへの負担がすごいんだ」
「あぁ。それは分かるよ。あの術のせいかと思ってたけど。もしかして、身体が回復しきる前にまた魔法を唱えてるの?」
「そういうときもある。ここ数日は落ち着いてた筈なんだけど……。魔法を使える奴はいるけど、オオノのように敵の動きを止められる奴はなかなかいないから、いつも戦いに駆り出されるんだ。誰だってドボルには触りたくないからな……」
マトは言い終えると、フォークに葉っぱと肉とを刺して、口元にもそもそと運ぶ。その視線は当然だが悲しげだ。マトの立場からすると、寂しいし心配だろう。
「事情は分かった。オオノを酷使するのも私は問題だと思うわ」
「オオノを酷使って、物じゃないんだから……」
「他になんて言えばいいのか分からなかったんだもの」
マイカちゃんは開き直り直ってそう言った。適切な言い方がとっさに思いつかないのは申し訳なかったけど、マトは遮るようにして声を発した。
「いや、マイカの言うことは正しいよ。オレだって、オオノにはもっと安静にしてもらいたい。最近あいつ、全然家に帰らないんだ」
「マト……」
この間は路地でいちゃいちゃしてたけど、そういう背景があったんだって知ると、なんか仕方がないことのようにも思えてきた。あのときは家まで待ちなさいよって思ったけどね。いつドボルが出て来てもおかしくなかったら、うーん。自分に置き換えて考えてみても、最低限は人目を避けてこっそりイチャつくくらいはするかもしれない。
「それで、ドボルの数が増えたり巨大化した理由は?」
「はっきりした理由は分からないけど、ドボルは人の負の感情から生まれるなんて言い伝えがあるんだ」
「負の感情、か……ドボルが強くなって発生のスパンが短くなればなるほど、オオノみたいなドボル退治に関わっている住民のストレスになっていて悪循環かも、って話?」
マトは迷いながらも頷いた。言い伝えを真に受けてる自分はおかしいと、心のどこかで思っているのかもしれない。だけど、言い伝えや伝説って、案外実在するものだったりするからね。四大柱しかり、クーしかり。
私は心配そうな顔をしてマトを見つめていたのかもしれない。私と目が合うと、彼は落ち込んでるのを誤摩化すように微笑んで、それが逆に痛々しい。
そして視線を落とすと、別人のような顔でマイカちゃんを見た。
「おい! さっきまでここにあった肉は!?」
「食べたわよ。くっちゃべってる方が悪いのよ」
「オレは事情を説明してたんだろ!? 普通食うか!?」
「ラン……マトが……」
「急にワケの分からないことを言い出したみたいな顔してるけど、マトに謝ろうね」
私はマイカちゃんに謝らせながら、店員さんに追加注文をした。たらふく食べてこいって言われてたしね。足りない人がいるなら頼むまでだよ。私もほとんど食べてないし。
「有り難いけど……そんなに頼んで大丈夫かよ」
「うん。お店によって量って違うでしょ? さっきのは様子見だから」
「え……!」
「マトは気付いてないかもしれないけど、私もほとんど食べてないんだよ、さっきの。届いた時によそったっきりで」
「マジかよ……」
マトのマイカちゃんを見る目が、怒りから畏怖に変わっていく。怒りを超越した感情を抱かせるなんて、さすがだなぁ……。
それからお腹いっぱい食べて、やっと私達はオオノが寝ているという城壁内の休憩室に入った。オオノは体を起こして窓の外を見ている。窓は外向きに付いているので、彼はユーグリアの外を眺めていた、ということになる。その姿はドボルの影がないかを探しているようにも見えて、なんだか気の毒だった。
「飯、持ってきたぞ」
「お。俺の好きなやつだ」
「もう食べて平気なのか?」
「さっきまで寝てたからな」
「そうか」
二人の会話は案外ドライなものだったけど、マトはオオノの顔を心配そうにみつめている。平気だという言葉が、本当かどうか確認しようとしているようだ。
マトはオオノに食事を渡す。そしてそれを受け取ると、オオノは私達に空いた席に座るよう促した。
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