第183話
フオちゃんの爆弾発言に固まる私とマイカちゃん。振り向くと、そこには真面目な顔をしたフオちゃんと、きょとんとするニールがいた。ニールの気持ちはすごく分かる。いきなりそんなこと言われても困るよね。
「部屋では、全裸で過ごしていいんですか?」
「真っ先に気にするとこはそこじゃなくない?」
「どんだけ裸族なのよ」
「当然だ。ニールは好きに過ごしていいんだ。夜更かししてもいいし、玄関で寝てもいい」
「ふつつか者ですが……」
「やったぜ!」
「いいの!?」
全然ついていけない。フオちゃんはニールの返事を聞くとニッコニコで両手を挙げて喜んだ。軽くキャラクター崩壊してるけど大丈夫かな。
「……全っ然意味が分からないわ」
「奇遇だね。私もだよ」
フオちゃんだけはまともだと思ってたのに……どうして……。なんか変なところで裏切られたような気持ちになっている。しかし、私のそんな複雑な気持ちは伝わっていない。フオちゃんは両手でニールの手を握り締めて目をキラキラさせている。
冗談であんなこと言うタイプの子だとは思ってないけど、それにしても「あぁさっきの冗談じゃないんだな」って思わされた。
「フオ、ちょっと」
「なんだよ、マイカ」
「……ったく、何を考えてるの? 同性にどうのって言うつもりはないわ。ただ、アレはやめときなさいよ」
「あのー、聞こえてるんですけどー」
ニールは微笑んで話し掛けているが、マイカちゃんはそれどころじゃないらしい。どうにかしてフオちゃんを説得しなきゃって慌てているのが、背中を見ているだけで伝わってくる。
「同性にって……マイカ、勘違いするなよ。あたしは別にそういう意味でニールと暮らしたい訳じゃないぞ」
「はぁ……? じゃあ逆になんなよ。てっきり好みの体でもしてるのかと……」
「マイカのあたしに対するイメージが最底辺で傷付いた」
一度うなだれたフオちゃんだったが、すぐに顔を上げた。そして、ニールを真っ直ぐ見つめて「こんな自由な人、見たことがないから」と言った。
まぁ、うん。自由だよね。でも自由であればあるほどいいってワケじゃないっていうか、私もマイカちゃんと大体同じ意見だ。身体が目当てだとか、そうじゃなかったとしても……。
「ランまでなんでそんな浮かない顔してるんだ。自分に当てはめて考えてみろよ」
「ニールと暮らしたら……?」
「そうだよ、絶対楽しいだろ」
「一ヶ月で五キロくらい痩せそう」
私とフオちゃんの考え方は全然違うらしい。別にどっちが少数派でもいいけど、生半可じゃ絶対後悔すると思うな……。
フオちゃんはニールの生き方に強い憧れを抱いたんだっていうのは分かる。環境が違ったとはいえ、セイン国の人がみんな彼女のようだとは思わないし。彼女はきっと特別というか、特殊なんだろう。
私はニールを見た。この子からは、どこで生まれても自由に生きてたんだろうなって思わせるような説得力を感じる。
「ま、あたしらのことはいいだろ。あとで詳しい話は詰めるとして、よろしくな。ニール」
「こちらこそ、フオ」
それまでのやりとりを全部無かったことにしたらとても初々しい二人の挨拶だ。マイカちゃんは止めることは諦めたようで、「あーあ」って顔で二人を見ている。あんなに嬉しそうな顔をしているフオちゃんを見るのは初めてだったから、何も言えなくなったのかも。私も、あの幸せそうなへらへらとした笑顔に水を差すのは気が引けるし。
いつまでもここで言い合っていても仕方が無いので、転送陣の上に移動して、私は目を瞑って意識を集中させた。
「というわけで、ミストさん。出来れば入口まで飛ばしてくれると有り難いんだけど」
「もちろん。実質入口まで飛ばして差し上げます」
「ちょっと、実質って何よ」
「ニール。せっかく仲良くなれたのに、もう田舎に」
「は?」
”実質”って何? という私達の疑問はドスの効いたたった一言でかき消されてしまった。話を逸らさないで、とミストに抗議することも忘れて、私はマイカちゃんとこっそり目を見合わせた。フオちゃんも驚いて目を見開いている。フオちゃんの発言であって欲しかったけど、あの表情から察するに絶対違う。
もしかしたら何かを言おうとして、言い間違えただけかもしれない。そーっと振り返ってみると、これまで笑顔を絶やさなかったニールが真顔になっていた。
無理無理、怖い怖い。私はばっと視線を逸らして、やけに存在感のある心臓の鼓動を落ち着けるように胸に手を当てた。
そして私達の誰かが何かを言う前に、ミストが慌てて発言を訂正した。
「違います。今のは『もう良い仲になった友人と離れなければいけないなんて』と言おうとしただけです」
「なるほど。ごめんなさい、私ったら、早とちりをしてしまって……私もミストと離れるのは残念ですわ」
女神に気を遣わせてる……ニールこわ……。っていうかミストの言い訳、たいぶ苦しいよね。
田舎というワードがきっかけになったらしいことは分かったけど、それを根掘り葉掘り聞き出すつもりはない。というか勇気がない。マイカちゃんですらたじろぐような相手、私でどうにか出来るわけがないんだから。
頭の中で、私にだけ聞こえるようにミストが声を届ける。人に訊かれるのは都合が悪いことなのだろうと、転送の準備の為に念じてるように目を瞑り、無言でミストの声に耳を傾けていても不自然に見えないように振る舞った。
——ランには伝えておきます。ニールに対して、絶対に田舎いじりはしないように。
ミストの声は少し震えていた。ニールの実家の領地は城下町からは離れていると言っていたけど、田舎っていうのはそういう部分を茶化すなってことなのかな。まぁ、出身が田舎とか都会とか、冒険には何も関係がないから、きっと大丈夫だろう。
私は分かったよ、と念じると目を開けた。転送陣が仄かに光り出す。急いで管理塔に戻らないと。
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