第78話
そっと地上に降り立った私は、馬車とその手綱を握るドロシーさんを見て少しホッとした。
「おっ、早速来たか」
「はい。私は荷台に乗っていればいいですか?」
「あぁ、空いたスペースに適当に乗り込んどいてくれ! 二人とも華奢だからなんとかなるだろ!」
「二人? ルークは?」
「馬車を操るのがルークの仕事だ。乗り物の扱いに長けているからな。俺なんかよりあいつに任せた方がいいんだよ。俺は女一人だと舐められないように牽制の意味を込めて隣に座っとくだけだ!」
馬車の操縦の上手い下手はよく分からないけど、ルークはすごいってことはなんとなく分かった。わははと笑うドロシーさんに会釈をして、馬車の後ろから乗り込む。中には言われていた通り、食料がどっさりと積まれていた。適当なところに腰を下ろして、次に来る予定のマイカちゃんを待つ。
そう、仕事は無事に始まった。人を乗せていないドラシーを見たとき、私達はそれを確信して粛々とその任についたのだ。これから何が待ってるのか。国王が依頼をしてきたとしたらその意図はなんなのか。不安はあるけど、もう賽は投げられた。
「私達はここにいればいいのね?」
「マイカちゃん」
考え事をしていると、マイカちゃんは布をめくって中を覗いた。隣をぽんぽんと叩いて彼女を招き入れると、あとはルークを待つだけだ。
「いいの? ルークが座るとこなくない?」
「ルークは前に乗って馬車を動かす役なんだってさ。乗り物ならなんでも得意みたい」
「へぇ。すごいわね」
マイカちゃんが感心したような顔をして目を見開く。多分だけど、ルークのこと、ドラゴンと仲良くできる普通のお姉さんだと思ってたでしょ。
「やっほー。来たよ。それじゃ、目的地に向かうから、二人は寝ないように気を付けてね」
布越しにルークが声をかけてきた。私達は小声で返事をすると、足音が遠のいていく。それからすぐに馬車が動き出して、私ははっとした。
「…………ねぇラン」
「マイカちゃんが何を言おうとしてるのか、瞬時に察した」
そうだった……。マイカちゃん、乗り物の中でも馬車が苦手なんだった……なんだかルークと正反対だななんて思ったけど、笑ってる場合ではない。こんなことなら、マガン渓谷までどれくらいかかるのか聞いておけば良かった。荷物を乗せているからそんなにスピードは出せないだろうし、地図の感じだと数時間はかかりそうだ。
「ラン、私、私……」
「わかった。わかったよ。本当に限界を感じたら布から顔を出してキラキラしよ? ね?」
「じゃあキラキラしてくるわ……」
「早くない!?」
言い合いをしている間にも馬車は動き続ける。というかスピードを増し続ける。待ってね。これ、絶対に荷物を乗せている馬車が出していいスピードじゃないから。レースかな?
私は慌てて狭い荷台の中を移動して、前方についている小窓のようなパーツを開けてルークに呼びかけた。
「速くない!?」
「あはは、荷台でも言ってたでしょ、それ。聞こえてたよ」
「前見て前! 危ない危ない!」
絶叫しながらも、私の耳はマイカちゃんのおえぇぇ〜という声をキャッチする。
ここなんて地獄?
「大丈夫だよー。いやー、まさか馬車を引いてくれるのがブリットホースだとは思わなかったよー。この子達、めちゃめちゃ力あるし足が速いんだよ」
「馬が出せる最高時速の心配じゃなくて後ろの荷物の心配しない!?」
「大丈夫だって。それに、マガン渓谷の頂上っていったら結構距離あるから、のんびりしてたら夜明けまでに着かないよ?」
「期限って夜明けまでなの!?」
「可及的速やかに、尚且つ秘密裏に物を運べっていうのが向こうの要望。それに沿うためには、朝が来る前に着くしかない。そうじゃない?」
「そうかもしれないけど!」
「ってことで。ランは向こうでゆっくりしててね。はいよー」
ルークが手綱をしならせてパシンと馬を叩くと、馬車は更に加速した。衝撃で後頭部から転がりながら元の場所に戻った私は、痛む頭をさすって顔を上げる。
「いったー……にしても、ルークのやつ、まさかこんなスピードで走るなんて……」
「遅かったわね、ラン。私なんかもう二回キラキラしちゃったわよ」
——あぁ私、爆速で進みながら転々と吐瀉物を落としていく馬車の中にいるんだ
そう思うと既に疲れた。何もしてないくせに、もう満身創痍になったってくらい疲れた。
「会話はところどころ聞いてたわ。このスピードは私には優しくないけど、作戦としては妥当でしょうね」
「うーん……言ってる意味は分かるけどさ」
ガタガタと揺れる荷台の中で私は苦笑いをする。私にだってこのスピードで頂上を目指す意味は分かっているつもりだ。渓谷に差し掛かっても出来る限りスピードは落とすべきじゃないとすら言える。山賊に目を付けられる前に駆け抜けてしまえれば、そっちの方がいいに決まってるんだから。
でもさ。だからってさ。私は色々と考えていると、隣にいたマイカちゃんがそっと居なくなった。目隠しの布を開けて、なんていうか歌っている。おえぇ〜って。ちょっと変わった歌声だけどこれは歌なの。
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