百夜の装置 白の柱

第41話

 塔の中に入ると、中は真っ暗だった。だけどサライちゃんは構わず扉を閉める。その直後にカチっという音がして、彼女の手元に小さな光が灯った。


「中に雷の力を込めた精霊石が入っていてね、それを動力に電気を供給しているの」

「へぇ、便利だね!」


 サライちゃんは私達にも筒状の光源を渡してスイッチを押してみろと言う。早速試すと、先ほどの小気味良い音が鳴って、私達はそれぞれの光を手に入れた。これなら火を起こす必要もないし、魔法を使えない人でも簡単に暗闇を照らせる。

 研究の成果をこうやって人々の生活を豊かにする形で転用させるなんて。私が感心していると、隣から何やら怪し気な声が聞こえてきた。


「精霊の力を込めたものを起動させて、それを使っている……つまり今の私は魔法を使っていると言っても過言ではないわね……!」

「いや過言だと思うよ」


 私は正気を失いかけているマイカちゃんに呆れながら、歩き始めたサライちゃんに付いていった。周囲を照らしてみると、どこも壁だらけだ。複雑に入り組んではいるようだけど、基本的には一本道らしい。そのことに若干安堵していると、前を歩いていたサライちゃんが振り向いた。

 直接顔を照らしたら眩しいだろうから灯りを向けたりはしていないけど、ぼんやりと見えている彼女の表情は笑っていた。


「じゃっ」

「えっ」


 またあとで、そう言って私達の横をすり抜けていく彼女の足取りは確かだ。急に頭がおかしくなった感じはしない。私が呆気に取られていると、マイカちゃんが吠えた。


「ちょっと! どこ行くのよ!」

「どこって、準備よ。私はこれから塔の外に出て、やっぱり中の様子がおかしかったって言ってくる。救出後、みんながすぐに出られるように進めておくから。じゃ、私は行くね」


 サライちゃんは眉間に皺を寄せて、今にもキレ散らかしそうな顔をしてそう言った。クロちゃんがサライちゃんの顔面を照らしているのだ。うん、キレると思う。っていうか私ならキレてる。

 彼女の優しさに感服しながら、踵を返して走り去る後ろ姿を見送った。クロちゃんはまだ彼女の背中を追いかけるように照らし続けている。それダッシュで戻ってきてげんこつされても文句言えないくらいムカつくと思うからやめてあげて。

 私はクロちゃんの手首を掴んで進むべき道を向く。私達はこっち。そう言って、三人で同じ方を光で指してみる。先はすぐにカーブしていて見えないけど、やっぱり分かれ道にはなっていなかった。


「行こうよ」

「そうね」

「分かった」


 そうして歩き始めた私達は、カーブの先に少し広くなった空間を見た。この一帯だけ、道がもこっと広がるように大きく取られている。奥の方には通路が見えるので、このまま真っ直ぐ歩けばいいようだけど。

 なんだか嫌な予感がして、部屋に入る前にもう一度照らしてみる。私の真似をするように、マイカちゃん達も色々なところに光を向けた。


 何かがさっと光を横切る。見たくなかったそれを無視するワケにもいかず、私達は恐る恐る光を動かしていく。

 そこには大蛇のような真っ白いモンスターが居て、舌をちろちろと動かしながらこちらを見ていた。どこを見ているのかよく分からない目がぎょろぎょろと動いている。私達がいることには気付いているだろう。

 とぐろを巻いているのではっきりとは分からないけど、顔の大きさや雰囲気から、全長十メートルくらいはありそうに見える。直感的に死を連想するくらい、その蛇からは殺気が放たれていた。


「……どうするのよ」

「どうって、とりあえずマイカちゃんは戦わないで。クロちゃんはいつものよろしく」


 私は持っていた灯りを左手に持ち替えて、右手を蛇へとかざす。オッケーとジェスチャーするように人差し指と親指で輪を作り、その中に蛇の顔を収める。顔よりも首の方がいいか、そうして手をほんの少しだけ下げて微調整すると、モンスターが動き出す前に呪文を唱えた。


「スウィング!」


 言葉とほぼ同時に私の手から射出されたかまいたちは、見事に大蛇の首を切り落とすことに成功した。モンスターの首がごとりを落ちたのを確認すると、クロちゃんは懐から出した魔法道具一式をしまい、マイカちゃんは私を殴った。


「え!? 痛いんだけど!? その小手は私が殴られる為に作ったんじゃないんだけど!?」

「なんでそんなかっこよく一撃で仕留めちゃうのよ! スウィングって何?! ランは私達と別行動してる間に何やってたの!?」

「魔法のこと調べるって言ってたじゃん!? っていうか、なんでちゃんと敵を倒せたのに怒られてるの!?」


 口論を繰り広げる私達の元に、黒い影が襲いかかった!

 マイカちゃんはそれを裏拳と壁の間で粉砕して手を離す。一瞬でぐちゃぐちゃになった蛇の頭が通路に落ちて、私達は戦慄した。


「こいつ、首落としたくらいじゃ死なないんだ……」

「ったく、ランは詰めが甘いわね」


 マイカちゃんだって絶対死んでると思ったでしょ、という言葉を飲み込んで、「しゅばっと反応できてかっこよかったなぁ」と呟いてみる。

 彼女は得意げな顔をして奥の通路へと進んでいた。その様子はかっこいいというよりは、可愛かったけど、言ったらまた喧嘩になる気がしたから心の中にしまっておくことにした。

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