空の覇者との出会い
第67話
宿に戻った私達は適当に支度を済ませて就寝し、何事もなく朝を迎えた。何事も無く、というのは言い過ぎかもしれない。昨日、私はマイカちゃんと同じ布団で寝ることになった。っていうか、最近はベッドで寝る度にこうなる気がする。合間に野宿を挟んでるからあんまり違和感なかったけどさ。
ちなみに「自分の布団で寝れば!?」って言った私に、彼女は「この間は一緒に寝たのに!」と言った。この間というのはコタンの町でのことを指しているのだろう。あのときは小手に宿った精霊さんをゆっくり休ませてあげたいとかいう正気を疑う理由で、止む無く一緒に寝る事になったと思うんだけど。
細かいことは覚えてないんだろうな、マイカちゃんだもんね。少し前で、歩く度にふよふよと揺れる彼女の髪を眺めながら、私は一人で安眠することを諦めた。
「……なんか失礼なこと考えてない?」
「まっさかー」
観光もそこそこに、私達は打ち合わせ通り居住区を訪れていた。中央区に近いところはやっぱり活気があって、建物も豪邸な作りのものが目立った。
レンガで舗装された道ではなく、土を踏み固めたようなものになってしばらく経つ。辺りはすっかり田舎の風景だった。
「同じ街の中でこうも違うとはね。この辺、畑が多いわね」
「まぁ街って言ってもここは国だしね。食料もある程度は自給自足しなきゃだろうし、そりゃ畑や家畜もあるでしょ」
そこからさらに道なりに歩いて、私達はついに探し求めていたものを見つけた。あるかどうかも分からない、お店。飛竜屋さんを。
「みつけたわね!」
「っていうか、本当にあったんだ……」
「だから言ったじゃない。今回は私の手柄ってことでいいわね」
マイカちゃんは腰に手を当てて随分と誇らしげにしている。ちょっと意地悪を言いたくなるような場面だけど、今回ばかりはそんなことをする気にはなれなかった。なんと言っても、マイカちゃんの思い付きが無ければ、私達はこんなお店を探そうという発想には至らなかったのだ。
「そうだね。ありがとう、マイカちゃん」
「……可愛いわね。まだ子供だろうけど」
お礼をスルーされたことに傷付きつつも、柵に駆け寄る彼女の後を追う。少し背の高い柵は、私の肩くらいまでありそうだ。マイカちゃんはちょっと背伸びして、中であくびをしているハイワイバーンの雛に釘付けになっている。牧場の中の草は短く刈られ、ところどころに砂を引いた地面や、ちょっとした水場なんかがある。水場は竜達のお気に入りスポットらしく、大小様々、色とりどりの竜が周辺に群がっていた。どの子も喧嘩する素振りは無く、中の景色は平和そのものだ。
私は敷地をぐるっと見渡して入口を探す。牧場と道を繋ぐように小屋があるのは見えるけど、ここからでは正面の方は見えない。おそらくはあそこが客用の窓口になっているはずだ。マイカちゃんの手を掴んで少し歩くと、小屋の扉の上には読めない文字の看板が掲げられていた。文字の隣に火を吹く龍の絵が描いてあって可愛い。
強めにノックすると、中からおじさんが顔を出した。つばの広い帽子を被って、片手には大きな鉈が握られている。ちょっと穏やかじゃない風貌に私達がぎょっとしていると、それを帳消しにするようにおじさんは笑った。取って食いはしないよ、と血が滴る鉈をひらひらと仰がせ、とりあえず中に入るように促した。
「で、お嬢さん方、用件は?」
「できれば一匹で、私達二人を乗せられて、遠くまで行ける子を探してるんです」
「ほう……」
おじさんは目を細めると鉈を作業台の上に置いた。中は少し薄暗かったけど、彼がその手に握っていた鉈で何をしていたのかはすぐ分かった。作業台というか、そこはまな板になっていて、細切れにされた何かの肉がいくつも転がっている。恐らくはエサを用意していたのだろう。凶器を持っていた理由を知ってほっとしたのも束の間、彼は入口の扉を閉めた途端、ビジネスの話へと移った。
私は条件が満たせれば、どんな種類の龍でも構わない。マイカちゃんはカッコいいものに目が無いから、もしかしたら外見にも希望があったりするのかもしれないけど……見た目よりも実用性重視だから、下手に要望を訊くのは辞めた。
「どこか、目的地は決まっているのか」
言葉に詰まった。おじさんは顎を指でなぞりながら、私達を品定めするようにこちらを見ている。自分が育てた子供達を任せていいものか、見定めようとしているのかもしれない。
ルーズランドに行くだなんて言って反対されても困るし……私は嘘をつかない程度に誤魔化すことにした。
「私達、こう見えて冒険者なんです。世界中の色んなところを回りたくて。だから、どこというのは特に決まっていませんし、できれば寒暖差に強い種類の子の方が好ましいです」
というか、正直に言うと特に寒冷地に強い子が望ましいです。はい。私は一気に言い切っておじさんと視線を交えた。
「なるほど……残念だったな。その話では即戦力を探しているようだ」
「はい、仰る通りです」
「お嬢さん方の言う品種に心当たりはあるが、うちにはそいつのひよっ子しかいない」
おじさんは牧場に続く扉を開けて、さっきあくびをしていた子を指差す。
「まだ雛じゃない!」
「そっちじゃない、その奥。水場のところにいる金色の竜がいるだろう?」
少しほっとしながら遠くを見ると、確かに居た。体はまだ小さいけど、綺麗な鱗を持つ竜が。周りに同じ色の子はいない。もしかすると、この牧場に同じ種類の竜はいないのかもしれなかった。
「あれが……?」
「エモゥドラゴン。神話にも登場する古代種だ。お嬢さん方が言った全ての条件を満たしている」
「あの子、おいくらですか?」
「値段の交渉は後だ。それよりも先に確かめなきゃいけないことがある。場合によっては俺が嘘つきになりかねないからな。おいで」
おじさんは私達に牧場に入るように手招きすると、また品定めするような目で見て、そして笑った。
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