第66話

 永久とこしえ禁足地きんそくち

 私がそう言うと、マイカちゃんは心配そうな顔をして、私の額に手を当てた。


「いや熱とか無いから」

「急に変なこと言い出すから……」


 そもそも、この地名が使われていたのだって何十年も前の本だ。今の本にはそういった地名が使われていた形跡すら残っていない。禁足地と呼ばれたことすら過去のことで、土地ごと記録から抹消されつつあったところに、赤の柱が出現した。私はそう見ている。


「よくわかんないけど、ラン本当に大丈夫?」

「大丈夫だってば」

「もっとご飯を食べた方がいいんじゃないかしら……。良かったら、このペッパーライス、私が食べておいてあげようか?」

「心配してる風な物言いで私からシャリ上げしようとするのやめてくれるかな」


 考えれば考えるほど、他人にルーズランドを目指しているなんて言いにくい。特にここの人達は世界中を飛び回っている。あの土地の負の噂を耳にしたことがないとは考えにくいのだ。


「ま、とりあえず今は食べましょ。ここ、二時間よ」

「私、二時間の食べ放題でガチで二時間食べ続けてる人見るの初めてだよ」


 マイカちゃんは鉄板に乗ったステーキを運ぶ店員さんに話し掛けると、二皿ちょうだいと声をかける。店員さんはちょうど二枚持っていたそれを、私達の前に置いた。

 うん、わかる。普通は一人一枚だと思うよね。だけどマイカちゃん、これ一人で二枚とも食べるつもりだったと思う。


「ランも食べたかったら食べていいわよ。一切れね」

「そろそろお腹いっぱいだから一切れで十分だけど、マイカちゃんは食い意地の汚さをちょっと見直した方がいいと思うんだぁ」


 そう言うと、私は中がほどよく赤いステーキ肉を口に放り込む。こんなにお腹いっぱいなのに、まだ美味しいと感じる。本当にいいお店だと思う。でもこれ以上はダメ。こんなに美味しいご飯のこと、「死にそうになりながら食べた」という辛い思い出で上書きしたくない。

 マイカちゃんは食べられるだけ食べようと思っているみたいだけど、私はそろそろ飲み物だけに切り替えるとする。


 彼女の豪快かつ美味しそうな食べっぷりをのんびり眺めつつ、もう少し間近の今後のことについて考えてみる。


「向かうのはここから南東に行ったところにあるマガン渓谷。吊り橋を渡って山を登った先にある届け先の目印は”見たら分かる”とだけ言われている不明瞭なもの。これはさっき聞いた情報だけど、マイカちゃんはこれについてどう思う?」

「頭おかしいと思う」

「だよね」


 彼女はカリカリに焼き上がったベーコンとパンを交互に口に運んでいる。お腹がいっぱいなハズなのに、マイカちゃんが美味しそうにもぐもぐしているのを見ると、一口だけ……って思っちゃうんだよなぁ。


「ランはどう思うの?」

「私もマイカちゃんの言う通り、この内容だけで危険な場所に早急に大量の物資を届けろって、気が触れてると思う」

「そうよね」

「せっかく支度金ももらったし、時間もあるし。明日は観光がてら買い物に行こうと思うんだよね」

「いいわね。行政区とやらが少し気になっていたのよ」

「うんうん。あと西区と中央区の露店なんかも、ゆっくり見たいし」


 明日の予定についてどうしようかと花を咲かせる。行きたいところはたくさんあった。なんせ一日で回りきれるような街ではないのだ。

 私達は今日一日道すがら見かけたお店の話などをして、明日のルートを決める。マイカちゃんが今回の食事で一番気に入ったという、スペアリブを平らげると同時に、店員さんが私達に席の時間だと告げにきた。


「はぁー……幸せだったわ……」

「うん、見てれば分かるよ。幸せそうだったもん」


 会計を済ませて外に出ると、マイカちゃんは心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「ランはあんまり食べてなかったわよね」

「そんなことないよ……結構食べたよ……。マイカちゃんって、細いのに食べ過ぎじゃない? 燃費悪いよ」

「むっ。全部胸にいってんのよ!」

「だろうね」


 私は夜空を仰いで笑った。あれだけ容赦なく食べた分が全てに胸にいってるというなら、その豊満な胸が存在する理由になる気もした。……いや分かってるけど。本当は生まれつきだって。私があれだけ食べてもこんな風にならないからね。


「……? 触る?」

「いやいいよ。別に触りたくて見てた訳じゃないし」

「なんだ、そうなのね」


 触らせるとか、私をショックで殺す気なんだろうか。不公平さに嘆かない自信がないよ……。


 そうして私達は宿に戻った。帰るまでの道で、数匹の飛竜を見る。どうやら彼らは建物の屋上に着地しているようだ。どこかに飛び立つ姿は見られない。仕事の為にと無茶な働き方をさせられている飛竜がいなさそうで、なんだかほっとした。


「みんな屋上で飛竜を飼ってるのかしら」

「体が大きいし、この辺の商業地区ではそうなんじゃないかな。南区の方は居住区だから、もしかしたら牧場のような場所もあるのかもね」

「そうね、あってもおかしくないわ」


 しばらく歩いてから、マイカちゃんは立ち止まる。何か忘れものだろうか。考え事をするようにはたと足を止めて、さらにどこかをぼんやりと見つめている。


「ねぇラン」

「どうしたの? 忘れ物?」

「……明日、居住区に行かない?」

「えっ……いいけど、行政区に行きたいって言ってたじゃん。急にどうしたの?」

「ルーズランドに行けないこと、誰にも打ち明けられないなら、それでいいじゃない」

「え? なんで?」

「飛竜、私たちで買えないかしら」

「……!!」


 その発想はなかった。さすがマイカちゃん、クレイジーというか、前提をぶっ壊す考え方をするっていうか。

 だけど今回はその発想力に救われたかもしれない。私は彼女の意見に賛成して歩き出した。

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