第99話

 私は西区の門の前に立っていた。周りには大勢の人が居る。城壁の上には既に門番の格好をした人が数名居て、みんなと違う色の帽子を被っている人が周囲に指示を出しているようだ。

 もうこの国に入って結構経つけど、見た事のない帽子の色だ。もしかするとお祭りの責任者とかなのかも。

 彼がおもむろに何かを口に当てると、すぐに大きな音が響いた。


「お集まり頂きありがとうございます。皆さんには、あの扉の中にある階段を渡って頂きます。階段を上りきり、こちらに到着した方から順にフラッグを渡していきます。事前にお渡ししたチケットはフラッグと引き換えにさせていただきますので、必ずご用意ください」


 チケット……?

 周囲を見てみると、確かにみんなが手のひらサイズくらいの四角い紙を持っている。隣に立っている男性のそれを覗き見ると、旗の絵が描かれていた。

 もしかして、これが無いとフラッガーってできない……? ルークは言ってた、毎年フラッガーは抽選で決まるって。そうだよね、ああいうの渡しておかないと嘘ついてフラッグ受け取る人とか居そうだもんね……。


「でも、ま……しょうがない、か」


 せっかくここまで来たし、ドロシーさんは話をつけておいたと言ってくれた。とりあえずはこの行列に従って階段を登ろう。

 扉が開くと、近くに立っていた人から順に中へと入っていく。押し合いへし合いになるかと思ったけど、みんな割と冷静だ。我先にと進む人はほとんど居なかった。

 みんなマナーがいいんだな、と思った矢先の出来事だった。近くから「そろそろか?」とか「あと少し待つか」という、ひっそりとした声が聞こえてくる。

 そして徐々に扉に向かう人の勢いが増していく。私も周りに流されて扉の近くまで来てしまった。


 階段の中は一段置きに人が立ってるんじゃないかってくらい混み合っていた。誰かがバランスを崩したり、この人ごみで気分が悪くなって落ちてきたら地獄だ。

 幸い、行列はテンポ良く進む。まぁチケットとフラッグ交換するだけだしね。

 階段を上りきって数歩歩いて、係の門番のおじさんと向かい合う。私はダメ元で「ラン・フォリオです」と名乗ってみたけど、おじさんは訝しむような表情をして、私を隠すように自分の後ろに立たせて待機させた。

 立ち止まる私と、進んでいく行列。おじさんの手が空くまでの間、ぼんやりとみんながタイミングを窺っていた理由を考えてみる。


「……あー」


 もしかすると、分かったかもしれない。多分、みんな真ん中辺りで旗を持って立って居たかったんだ。わざわざ端から受け取る人なんていないもんね。いや、後列の人や、ライバルが何人かいる人はそういう作戦を取るかもしれないけど。先頭を飛んでる選手がそうするのはちょっと考えにくい。

 リードさんって結構人気あるらしいし、王女に直接フラッグを渡したい人は少なくないはずだ。私は彼女に渡したいとは思わないけど、マイカちゃんだって、きっと真ん中辺りにいた方が探しやすいはずだ。

 私がスムーズにフラッグを受け取れていたら、かなりいい位置に立てたはずなのに……多分、私が立つのって、一番端っこだよね……。


 一人でなるほどと納得したり落込んだりしていると、行列を捌いたおじさんが振り返って、名簿で私の名前を確認し始めた。


「ラン……って言ったよね?」

「あぁ、はい」

「うーん……あれ、ちょっと待ってね。おーい、ドロシーさんにフラッグ渡した者はいるかー!?」

「あ! それ私です! ハブル商社の!」


 挙手しながら、慌ててドロシーさんの代わりであることをアピールする。そうか、個人名じゃなくて団体名で名乗らなきゃダメなのか……いやそうだよね、ドロシーさんの代わりで来るなら彼の名前を出した方が早いに決まってる。


 そんなことに思い至らないだなんて、私もこの空気に当てられてちょっと緊張しているのかもしれない。

 やっとおじさんからフラッグを受け取った私は奥の階段を登った。旗って言うからもうちょっと小さいものだと思っていたけど、想像よりも遥かにデカい。というか長い。槍の先端に三角形の布が付いてる、と表現した方がいいんじゃないかってくらい。

 外の光が差す階段を登りきり、私はやっと城壁の上に立った。


「まっぶし……」


 長めに室内に居たせいか、日差しがキツい。予想していた通り、一番端のフラッガーになってしまったけど、そんなささやかな憂いはすぐに吹っ飛んだ。


 少し乾いた風に、見上げることなく見晴らせる時計台。大通りを行き交う人々と、その入口ではためいている横断幕。お祭りの期間中にここに立てるだけで価値があると思えるような景色だ。


 目の前に広がる光景に圧倒されていると、声が響いた。反響してるみたいに何重にもなって聞こえてくる。これは、ジーニアにあったスピーカーというものかな。国を挙げての取り組みならそれくらい用意してても不自然ではないし。


「世界唯一のドラゴンレース、ドランズチェイス。まもなく開幕します。各区で地図をお配りしております。こちらには事務局オススメの観戦ポイントも記載しております。どうぞお役立て下さい」


 大きなアナウンスがびりびりと鼓膜を叩く。

 レースが、始まる。

 その予感に胸が高鳴った。

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