夜が明けて
第88話
すっかり自分の部屋みたいに馴染んできた宿の一室で、私はベッドに座ってぼーっとしていた。マイカちゃんなら私の隣でまだ寝てる。最近、当然のようにベッドに潜り込んでくるようになったから、こっちもさすがに慣れてきた。
私達が仕事から帰ってきたのは昼頃。さすがに疲れたから、それから泥のように眠りこけて、目が覚めたばかりだと言うのに空は茜色に染まっている。
変な時間に寝て起きたせいで体のサイクルが崩れかけてる。どうにかして夜に寝ようとするよりも、今日は徹夜して、明日の夜に早めに寝る方が確実そうだ。夜に眠くなってくれれば、もちろんそうするけど。馬車の中でも寝ちゃったし、私は今、かなり元気だ。
とりあえずは支度をしようと立ち上がってみる。ベッドのスプリングが軋んだけど、マイカちゃんは「んー」なんて寝言を言っただけで、まだ夢の中だった。
「とりあえずシャワー浴びよっと」
独り言の通り、私はさっと熱いお湯を浴びて、さっぱりして部屋に戻ってきた。さっきまで寝てたベッドの上で、マイカちゃんが顔をぱんぱんに膨らませて腕を組んでいる。あとついでに胡座も組んでいる。多分、本人は怒っているつもりだ。
「えーと、おはよ?」
「ラン、私に何か言うことは?」
「……? 昨日の仕事、お疲れ様」
「はぁ!? 違うわよ! なに勝手にシャワー浴びてるの!?」
「えぇ……」
私のシャワーって許可制だったんだ……奴隷か何かかな……。
マイカちゃんの言い分に色々と困っていると、彼女はさらに「バカ!」と追撃した。酷いよ。
この怒りが理不尽じゃなかったとしたら、と考えてみることにした。いやマイカちゃんのことだから全然理不尽なことを言う可能性はあるんだけど。もし、もしね。
私が仕事で疲れていることは分かってるだろうし、このタイミングで訳もなくこんなことは言わない気がする。
「あー……もしかして、寝ぼけてシャワーの音が聞こえなくて、私がどっか行っちゃったと思った?」
「っっっっさいわね! ランのばか!」
あ、図星だコレ。
今朝帰ってきたときは全然気付かなかったけど、私達の荷物も丁度ベッドから見えないところに放ってあるし。まぁ、勘違いするのも無理はない、かな。
だからって置いて旅に出る訳ないんだから……その辺は分かってるよね。分かってるって思いたいんだけど……。
「マイカちゃん。私、マイカちゃんを置いてルーズランドになんか行かないよ」
「……ホントに?」
「むしろなんでそんな風に思ったの?」
主戦力である彼女を置いて危険な旅に出る度胸なんて無い。まぁ確かに、恩人の娘さんである彼女を危険に晒す覚悟があるかって聞かれたら、ちょっと分かんないんだけど。もしかすると、私のそんな微妙な心境を、彼女は読み取っていたのかもしれない。
あまり細かいことを考える性格ではないけど、その分野生の勘みたいなものが凄まじく働く子だ。この国の人達からも恐れられていて、ルーズランドは配達不能地域になっていると聞いたとき、私はどんな顔をしていたんだろう。
「だって、ラン。土壇場で一番に危険に晒すの、自分の体じゃない」
「……えぇ?」
自覚のないことを言われて、つい変な声が出る。そうかなぁ。私が腕を組んで考え込んでいると、マイカちゃんは責めるように言った。
「コタンの村でジェイと戦ったときもそう、白の柱でオキドキと戦ったときだって」
「あのときはマイカちゃんが時間稼いでくれてたじゃん。一番危険だったのはマイカちゃんだよ」
「そんなことない。あの時、上手く行ったから良かったけど……ジェイが攻撃を躱してたら、絶対にランが優先的に狙われてた。オキドキのときだって、魔法が自分の方に反射するリスクは高かった。それに、昨日も」
「多分、日付的に山賊と戦ったのは今日だよ」
「そこは今はどうでもいいのよ!」
だよね。分かってた。
にしても、マイカちゃんが私のことをそんな自己犠牲精神旺盛な人間だと思っていたなんて。消去法でそれしかないからやっただけなんだけどな。
「まぁとにかく、私は一人でルーズランドには行かないよ。もちろん、マイカちゃんが行きたくないって言うなら置いてくけど。ここにはハブル商社もあるし、マイカちゃん一人でも」
「っさいわ!」
「えぶ!」
マイカちゃんは私の顔面に枕を投げつけるとベッドの上に立った。
「そうよ! ルーク達がいるから置いてっても大丈夫だって! そう思われてるんじゃないかって思ってるわよ!」
「来たいならこのまま一緒に旅しようってば」
「そんな言い方しかできないの?」
今にも泣き出しそうな顔で、視線だけやけに寂しげで。私はいま自分がなんて言うべきかを考えて、答えはわりとすんなりと出て来た。
「…………私に付いてきてください、お願いします」
腰を折って手を差し出す。告白してるみたいな風景だ。完全に言わされた感じになってしまったけど、ルーズランドに行く前に意思確認はした方がいいのかも、なんて思ってたところだから丁度良かった。
「どこにだって付いていくわ。例えそこが地獄だったとしても」
「マイカちゃんが地獄みたいなとこあるもんね」
「ふーん」
「痛い痛い痛い!!!!!」
握ってくれた手をそのまま握り潰されそうになって、骨折寸前でやっと解放された。すごいなぁ、地獄に行く事になったら地獄まで地獄が付いてくることになるのかぁ、なんて思ったりしたけど、それは流石に言わないでおいた。
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