第87話
リードさんを小屋に置いてきた私達は、行きとは比べ物にならないくらいゆっくりとマッシュ公国を目指した。
途中の道で私達を襲ってきた山賊に出会ったけど、彼らは何もしてこなかった。それどころか、私達に怪我はないか心配までしてくれた。やっぱりあの時、親分を助けておいて正解だったなぁ、なんて思ったりした。
私とマイカちゃんは荷物がなくなって広々とした馬車の荷台で、寝転がりながらのんびりと街に着くまでの時間を潰していた。手綱を握っているのはドロシーさんだ。ルークが「後ろ行っていい?」なんて言うから二つ返事で了承した。
彼女は肩の凝りをほぐす様に伸びをしてから、空いたスペースに横になった。
「お疲れ様」
「うーん、今回の移動は流石にちょっと疲れたかなー。長時間の移動には慣れてるつもりだったんだけどね」
「あんたが荒々しい運転してくれたおかげで、私はちょっとだけ馬車の酔いを克服したわよ」
「えっ? よかったじゃん。旅をするのに馬車に弱いって、結構大変じゃない? 吐く訳にもいかないだろうし、今までどうしてたの?」
「この子は毎度吐いてたよ」
「あっ……」
ルークは気の毒そうな顔でマイカちゃんを見やった。憐まれたことにキレるかと思っていたけど、何故か彼女は誇らしげに胸を張っていた。なんでやねん。
「それにしても、今回は私だけいいところがなかったわね」
「そう? ドロシーさんと荷物守ってくれたじゃん」
「あれはドロシーの功績よ、相手が弓ばっかり使ってくるから何もできなかったし」
マイカちゃんはため息をついて口惜しそうにしているけど、私だってマイカちゃんが居たから後ろを任せて移動できたし、いるだけで心強かったんだけどなぁ……。
この会話で何かを思い出したのか、ルークは「そうだ!」と大きな声を上げて寝転がるマイカちゃんの側に移動した。どうしたんだろう。
「さっき兄貴から聞いたよ! 兄貴を守ってくれて、ありがとう」
「え? そんなことしたかしら」
「兄貴に刺さりそうになった矢を、当たる直前で掴んでくれたんでしょ?」
「何その反射速度」
「あぁ、そういえば何回かそんなことがあったわね」
「しかも何回もあったんかい」
マイカちゃん、自分が言うよりずっと仕事してるじゃん……それは私が魔法を使ったとしても成し得なかったと思う。本当に、マイカちゃんが居てくれて良かった。ドロシーさん、マイカちゃんが居なかったら下手したら死んでたんじゃ……。
「マイカは命の恩人だよ。もちろん、敵の中に飛び込んで駆け引きしてくれたランも。本当にありがと。二人が居てくれたから、今回の任務はこなせんたんだよ」
ルークはそう言って私達に頭を深々と下げた。これは仕事だから当然のことをしたまでなんだけど、居てくれて良かったと言われると嬉しい。
また誇らしげにしてるんだろうなぁと思ってマイカちゃんの方を見ると、なんかシラーっとした顔をしていた。いやだからなんでやねん。
「お礼を言われるようなことはしてないわ。あんなにたくさんの前金をもらっておいて仕事もまともにこなせなかったら、居た堪れないもの」
「ま、それも一理あるけど。でもさ、こういう時はどういたしまして、でいいと思うよ。ね?」
「……それもそうね。どういたしまして」
マイカちゃんがそう言って微笑むとルークはいつもの調子で笑った。ルークは立ち上がると、荷台の後ろの布をめくる。いつの間にか夜明けになっていたらしい。
登ってきたばかりの朝陽が、草原を優しく照らしていた。
「この景色、みんなで見れてよかった」
「そうだね。これからもしばらくハブル商社の仕事、手伝っていい?」
「もちろんだよ。ずっと居てくれていいくらいなんだから」
きっと彼女も、本気では言ってないだろう。分かるよ。そういう顔をしている。ちょっと寂しそうな顔。
彼女になら話してもいいだろうと、私はルークに旅の目的を伝えた。
柱が消えたのが私達の仕業だと知った彼女は酷く驚いて、ドロシーさんまでもが振り返って「おいおい! マジかよ!」なんて言っていたけど、マジなんだから仕方ない。
「次はどこの柱に向かうの?」
「ルーズランド。私達はその足掛かりとしてここに立ち寄ったんだ」
「あそこに行くの……?」
「うん。その為に竜も譲ってもらったし。本当はすぐにでも出発できるんだけど、路銀を稼ぎたいってこともあって、しばらくここに滞在してたんだよ」
ガタガタと馬車の軽い揺れを感じながら目的地を伝える。ルークは深刻そうな顔をして呟いた。
「前に、会社の配達エリアの料金表見たの、覚えてる?」
「うん。あの世界地図だよね。ルーズランドは、なんとなく一番金額が高い真っ赤な土地なのかなって思ってた」
「違うよ。あそこはね、色が塗られていないんだ」
「え……?」
確かに、塗られていないところも一部あった。記憶を引っ張り出しながらルークの言葉に耳を傾ける。
「あそこは、配達不能地域なんだよ。あそこをルートに入れることが出来たらお金になるのは分かってる。どこもあの大陸だけは断ってるから。だけど、それでもどの会社も、手を出そうとしない土地なんだよ」
「……私達、やっぱりとんでもないところに行こうとしてるみたいだね」
「分かってたことじゃない。そんなこと聞いても、今更ビビらないわよ」
さすが、マイカちゃんは肝が据わっている。だけど、ルークは心配そうな顔で私とマイカちゃんを見つめていた。
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