第156話
それから、私達は部屋に戻された。ルリに無礼を働いたことに対する嫌味を聞き流して客室に入ると、やっと人心地ついた気がする。昨日から至れり尽くせりではあるんだけど、ずっと警戒してたから全然休んだ感じがしなかったし。先ほどルリと話をして、お互いに手の内を晒し合ったことで、ようやく少し信用する気になれたっていうか。
ヤヨイさんとのことを知られたのはすごく厄介だったけど、それを知って「全然気にならないですわ。仲が良くてよろしいじゃないですか」なんて言われたら確実に警戒度を上げていたと思う。素の彼女で反応してくれたこと自体は喜ばしいことだと思う。殺害予告されたのは辛いけど。
今日はもう一日休むように言われた。クーの体調もまだ万全とは言えないだろうし、私達もここに来るまでかなり過酷な道のりだったので、ルリの準備が終わるまでの待機がてら、もう少し休む事を無駄だとは思わない。それに、ここから先も過酷な道のりであることはほぼ確定しているしね。
念のため持って出た荷物を適当に放り投げたマイカちゃんは、私の荷物も半ば強引にはぎ取って、同じようにぞんざいに床に置いた。
「……? どしたの?」
クーは回復陣の真ん中で丸くなって寝ている。何をするつもりかは分からないけど、クーが起きちゃうレベルでマイカちゃんが怒鳴ったら止めよう。私はそれだけ決めると、正面から私の服を掴んでる彼女と目を合わせた。
小さい。こうしていると普通の女の子だ。武器も持たずにモンスターに突っ込んでいって対等に渡り合える戦士にはとても見えない。
「寝るわよ」
マイカちゃんは私の肩をどんと押した。押し倒され、いや、突き飛ばされた背後にはふかふかのベッドがあった。いつも突然で驚かされるけど、ゆっくりと眠り直したいというのは私も同じだ。
「そうだね。すっごい眠いや」
「うん」
上に乗るようにして私にくっつくマイカちゃんを抱きとめつつ、首のゴーグルだけは外して床にぽとっと落としておいた。下敷きにして割ったら取り返しがつかないし、何より危ない。
そうして本当に、最低限の寝支度を整えると、私達は深い眠りに就いた。眠りに落ちるまで、お香やら変なクスリやらでおかしくなってしまっていた時の事を思い出す。視線を少し動かすと、あのときと同じようにマイカちゃんの身体があって、なんか気まずくなったからすぐに目を閉じた。
「くつろいで待っていろとは言ったが……」
目が覚めて一番に認識したのはルリの声。ぼんやりと目を開けると、私とマイカちゃんを必死に起こす使用人の困った顔が見えた。
「ラン……?」
「あ、おはよ……」
なんて言ってるけど、私もたったいま人に起こされたクチだ。私達を叩き起こすからには何かしらの進展があったのだろう。それを予感しつつ、とりあえず時刻を訊いた。私達は五時間くらいぐっすり眠っていたらしいことを聞かされると、今度はクーが居る小さなテーブルを見る。少し眠そうな顔をしてるけど、傷は順調に回復しているようだ。ここからはもう火傷の痕も見えない。
「おい。いつまで寝ぼけている」
「……ん、あぁ。ごめん。どしたの?」
「カギが手に入った、早く支度を」
「そっか……」
私は腕の中で再び目を瞑っているマイカちゃんをそっと抱きしめると、ゆっくり目を閉じた。
「寝るなー!」
「うおっ……」
「びっくりした……いま何時だと思ってるのよ」
「夕方だ! 昼寝にしても長過ぎる! 早く起きて支度をしろ!」
ルリは使用人達を使って私達を布団から追い出すと、今度は椅子に座らせた。これから早めに夕食を摂り、その間にこれからの流れを確認して、完全に夜になったら塔に入るらしい。
言ってる間に食事が運ばれてきた。起きてすぐそんなに食べられるかなぁと思っていたのは私だけだ。マイカちゃんはニコニコしながら出された料理を頬張っていた。私とマイカちゃんが向かい合うように座っていて、その横にはルリが居た。彼女は食事を済ませているらしく、たまに大皿に盛られた料理を取り分けては少しだけ摘んでいた。食べなくてもいいだろうに、おそらくは毒が入っていないことを身を以て示しているのだろう。まぁ、私達、色々あったしね。
「夜になったら塔に入るって言われても、地下にいるから全然分かんないんだよね」
「そこなのよね。むしろ時間にこだわる必要があるのかしら」
「あるぞ」
ルリはそう言って腕を組んだ。曰く、三大ファミリーの人間は地上の人間と会う機会も多い為、規則正しい生活を送っているとのことだった。
「言い方は悪いが、フオがいなくなって都合がいいのは私だけではない。カギはすぐに手に入った。あの合言葉を使ったお前達がオオノファミリーのお膝元である九巻目に入るのは危険過ぎる。だから、この空間から零巻目に直接繋ぐ」
「……分かったよ」
「しくじるなよ」
この空間に何かしらの魔法がかかっているのは見てすぐに分かることだから、そんなに驚きは無かった。マイカちゃんだけが食事の手を止めて「そんな便利なことができるの……?」と驚いていたけど。
それから私達は予定通り、十時を過ぎてから館を出た。通れと言われた通路を行くと、すぐ目の前に大きな門があった。振り返ると、歩いてきたばかりの通路は消えていた。ただ一言、「お前達には悪いことをした。これでチャラだ」という素直じゃなさすぎる声が壁から響いてきた。
「……さ、行きましょうか」
マイカちゃんはその声にあえて反応することなく振り返って、赤錆色の門を見上げて不敵に笑った。
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