第155話

 回りくどいやり方は無しだ。というよりも、ルリ相手にそれをするのは少々部が悪い気がした。向こうはその手のやり口に慣れてそうだし。


「ヤヨイさんがどこにいるのかは言えない。というか正確には知らないんだ。でも、もし協力してくれるなら……ヤヨイさんを探して、家に戻るように説得することはできるよ」

「……! 待て、その理屈はおかしい」


 ルリならすぐに食い付くと思ったのに、彼女は冷静だった。いや、ヤヨイさんのことだから絶対に騙されないように、慎重に見極めようとしているのかもしれない。


「どこにいるのか知らないくせに説得なんて出来ないはずだ」

「そりゃ知らないままじゃね。探すあてはある。信用出来ない? オオノファミリーの合言葉を使った私達が」


 ルリは押し黙る。少しすると、顔を上げて協力の内容について訊いてきた。当然の判断だと思う、私はあくまで「帰るよう説得する」って言ってるだけだし。「必ず帰させる」ならもうちょっと食いつきもいいんだろうけど。


「塔の入口のカギが欲しいんだけど……どうにかならない?」

「……?」


 想像していた条件とはかけ離れていたのだろう。ルリは眉を上げて、目を見開いている。何度も言うけど、ここの人達のことは全然信用していない。ただうまく利用できないかと考えているだけだ。そんな人達に旅の目的を話すのは少し嫌だったけど、ルリは絶対にそこにこだわる。

 オオノの許嫁だった子が巫女で、それが生け贄となることで果たされなくなったから、ルリに白羽の矢が立った。そしてオオノまでいなくなって、ヤヨイさんが帳尻を合わせるようにルリとくっついた。要するに、巫女が戻ってくるなら、ルリの扱いもどうなるかは分からないのだ。

 ヤヨイさんがルリと上手くやってるなら「この二人はこのままで」となるかもしれないけど……新婚で逃げるように旅に出るって……「あ、いい、いい。お前らも無茶言って悪かったな」ってなっても可笑しくない。結局ルリもオオノ達も、家の都合に振り回されてるんだ。


「……何をするつもりだ。場合によっては飲めないな」

「私はフオちゃんを救い出す」

「…………は?」

「あ、一応言っとく。フオちゃんは私達が連れてくから」

「なん……どういう……?」


 ルリは目を白黒させて、まるで私の話すスピードに付いていけないという顔をしていた。あんまり考えたことはなかったけど、まさか、ルリってフオちゃんと仲が良かった、とか?

 そうだ、よく考えれば、恋敵だからって不仲とは限らない。世の中には正々堂々と意中の人を奪い合う人もいるという。ルリがそんなタイプには見えないけど。

 そして私は私達の事情を説明した。この旅もかなり長いけど、ハロルドいう地名を聞いてピンと来なかった人はルリが初めてだ。


「……事情は分かった。はっきり言って、協力しない理由がない」

「ホントに!?」

「当然。ただし、フオは必ず連れて行け」

「言われなくても。そうじゃないと再封印が出来ないからね」


 初めて会った時、いや、私達に本性を見せる前と、ルリは話し方が随分と違う。おそらくはこちらが素なんだろう。

 そしてルリはその淡々とした口調で、八巻目にはフオちゃんの家であるワンファミリーが、九巻目にはオオノファミリーが居を構えていることを教えてくれた。オオノファミリーが占いでヒノモトの行く先を見て、サカキファミリーがそのように導く。ワンファミリーは治癒術に長けた一族で、ルリとクーが使った回復陣も元々はワンファミリーのものなんだとか。


「……なんとなく、ワンファミリーよりもオオノファミリーの方が巫女の力を引き継いでる方がしっくりくるわね」

「あぁ、それ私も思った」

「私達は一族内で婚姻関係を結ぶ者が多いから、巫女の力もその間に移ったと思われる。私とヤヨイ様の結婚だって、私の姉二人が外部の男とくっついていなければ実現していなかったはずだ。形だけでも、我々の代も三大ファミリーのどこかと繋げておきたかったのだろう。家の都合で振り回されてると同情してくれるなよ、私はヤヨイ様と一緒にいれれば、それでいいんだから」


 つまりルリは家のそういうしがらみを逆手に取ってヤヨイさんと結婚した、ということか。ヤヨイさん絡みの面倒くさささえなければ仲良くできただろうに、なんて思ってしまった。


「まぁいい。鍵のことは任せろ。あの滅茶苦茶な魔法を使って門を壊そうなんて考えるなよ。魔法で拡張された空間でなきゃ、確実にヒノモトの地下が崩壊してたぞ」

「分かってるよ」

「……ヤヨイ様は、元気か」


 今後の話が終わったと思ったら、ルリは独り言のようにそう言った。これくらい答えてもいいだろう。私はこくりと頷いた。


「はぁ。ヤヨイ様に早く抱かれたい……」

「……今の、聞かなかったことにしていい?」

「安心するといいわ。元気も元気、超が付くほどの元気よ。ランは下着姿のヤヨイと同衾してたし」

「は……?」


 ルリの目の色が変わる。絶対ヤバい。私はマイカちゃんの方を向くと、慌ててストップを掛けた。というか弁明した。


「そういう言い方するのやめて!? あれは事故じゃん!?」

「そうね。ヤヨイも言ってたもんね。酔った勢いだって」

「はい!? 怒ってるなら二人の時に言ってよ! なんで今言うの!?」


 私はマイカちゃんの肩をガシッと掴んで、半ば縋るように声を張り上げる。いま言うことないじゃん、ねぇ。


「ラン、ちょっとこっち来い」

「え、遠慮しときます……」


 据わった目で手招きするルリの誘いを丁重にお断りして、ため息をついて下を向く。すっごい大きいやつ。


「と、とにかく、塔に入るまでのことは任せたから」

「あぁ。どうせろくに休めなかったのだろう。部屋に戻って休んでおけ。……あと一つ言っとくが、今度ヤヨイ様と同衾したら、いかなる理由があろうと殺すからな」

「あ、はい。それはもちろん」

「ルリ、それは許さないわ」

「マイカちゃん……!」


 なんだかんだ言っても、最終的には私のことを庇ってくれるんだよね。知ってた。私はキラキラした目で彼女を見て、嬉しそうな表情を見せる。


「私が殺すから」

「あ、はい……」


 事故なのに……。殺すのを競われるってどんだけ……。

 私は項垂れて、とりあえず交渉が成立したことを喜ぼうと自分に言い聞かせた。


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