第48話

 レイさんは視線を斜め上に泳がせて唸っている。何かを思い返して、どこから語ろうか考えているようだ。私達はレイさんの言葉を待つ。そうして組まれた腕が解かれ、両膝をパンと打ったところで、彼女の“誰もいないところでしておきたい話”とやらが始まった。


「あたしとサライのファミリーネームはルーベル。要するに世界でもトップであると言われてる学園の経営者の家系なんだよね。家系図を見ても政治とか経営に強い人が多かったんだ。あたしは完全に突然変異みたいな感じっていうか。この髪や目の色も相まって、本当にルーベルの血を引いているのか、なんて言われたりしたよ。まぁ体格や顔が似てるから、そんな馬鹿な揶揄をする人はもう殆どいなくなったけど」


 ここまでしゃべると、彼女は「懐かしいなー」なんて言って、両手を後ろについて天井を仰いだ。はーとため息を吐くと、彼女は仕切り直す。


「数世代に一人、あたしみたいな人が生まれるらしい。巫女としての適性が強すぎて光の加護の影響とやらでアルビノみたいな見た目になっちゃう人が。あぁ、アルビノっていうのは、まぁいっか。あたしがこういう話したら脱線させちゃうし。

 あたしが外に居た頃、そりゃもう色んな研究を掛け持ちしまくっててさ。って言っても、全部を適当にしてるわけじゃないよ。進めていくと別の分野の知識が必要になったりで、結局全ては繋がっているんだって思って、それが楽しくて楽しくて、寝てる間だって夢で研究のことを考えて過ごしてた。気付いたら飛び級でルーベル学園を卒業して、そのままいくつかの研究室に籍を置かせてもらって、自由気ままに生活する日々が続いてた。いつまで続くのかは分からない生活だったけど、あんな風に唐突に終わりを迎えるなんて、思ってもみなかった」


 レイさんの表情は淡々としていた。悲しいことを思い出して、辛さに耐えながら口にしている様子ではない。


「まぁ、考えなかったわけじゃないんだけど、あたしに研究を横取りされたなんて逆恨みする馬鹿がいつのまにか増えててさ。意味分かんないんだけど。だって他人のことを考えてる暇があるなら自分の研究のこと考えとけよって感じじゃない? そんなに時間あるならあたしにくれよって思いながら、のらりくらり無視してたんだけどさ」


 あぁ、この人、本当に天才なんだな。彼女の話を聞きながら、そんなことを思った。賛同はできないけど、私には少しだけやっかむ人達の心理は理解できる。

 自分が何年も掛けて出来なかったことを、いきなり現れた誰かがいとも簡単に解決してしまったら。それって悔しいって感じると思うな。レイさんは、そんな感情に明け暮れてる時間ですら非合理的と言って一蹴するんだろうけど。

 マイカちゃんはうんうんと頷いてレイさんの話を聞いている。いやマイカちゃん、魔法が使える私のことめっちゃ逆恨みしてたよね。え?


「そいつらにとって勇者の登場はまさに渡りに船って感じだったんだろうね。うちの家は、光の巫女の家系であることを散々笠に着てデカい面してたから。いざ役割が回ってきて拒否はできなかったみたい。それにそうなってサライを捧げる訳にもいかなかったからね。この見た目のせいで煩わしい思いはしたけど、あの時、初めてこんななりで生まれたことに感謝したよ。そうじゃなかったら、父は多分サライを巫女としてこの塔に向かわせていた」


 レイさんは伸びをして頭の後ろで手を組むと、私達の顔を一人ずつゆっくり見ていった。


「君達、世界中から後ろ指差される覚悟はあんの?」

「それは……」


 今度は私が話す番だ。ハロルドのこと、剣の封印のこと、それらをレイさんに話すと、彼女は腹を抱えて笑った。


「なにそれ。最高じゃん。そんじゃ本題ね。君達になら安心して任せられるや」

「本題って?」

「人に絶対に聞かれたくない話だよ。あたしさー、あの勇者達、嫌いなんだよ」

「それは私も」


 マイカちゃんは即座に同意してみせる。確かに勇者の悪口なんて人に聞かれたくないだろうけど、わざわざこんな前置きをしてまでする話かな。私が疑問に思っていると、レイさんはまぁまぁ慌てなさんな、なんて言って続きを話した。


「赤と青の柱、行くんでしょ」

「もちろん。私はこんな下らないことに巻き込まれている巫女を救いたい」

「結構結構。でも、それができたとして、どうする?」

「え?」

「あたし達を塔から救ったとしてもそれで終わりじゃない。もっと言っちゃうと、今の勇者が死んだとしても、新たな勇者がどこかで旅を始めるに決まってる」

「それは……」


 それは、私も考えなかったと言えば嘘になる。とりあえずは無益な戦いからハロルドを救う為にこうして旅を始めたわけだけど。全体的にみれば、勇者の行いを支持する人は多数派だろう。新たな勇者は必ずどこかで産声を上げる。私のしていることは問題の先延ばしにしかならないんだ。だけど、どうすればいいのかなんて、私には分からない。


「本当に剣の力が必要になった時のことを考えると、例えば塔をぶっ壊すとかそういうのも得策じゃないでしょ」

「それは、そうだけど。レイさんには何か考えがあるの?」

「無いならこんなことを言わないって。ここに閉じ込められてから、ずっと考えていたんだ」


 レイさんは笑った。横を見ると、長い話に飽きたのか、クロちゃんが座ったままスースーと寝息を立てていた。えぇ……。


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