正しい国 セイン王国
塔から塔へ
第171話
巨大転送陣から移動した私達は、打って変わって普通の転送陣の上に立っていることを確認すると、すぐに周囲を見渡した。この空間には誰もいないようだ。
窓と扉と転送陣だけがある、だだっ広い部屋。四隅には燭台が立てられている。有事の際は昼も夜も関係ない、多分昼夜問わず対応できるように準備だけはしてあるのだろう。どうやらここが管理塔で間違いなさそうだ。
「うんうん、上手く飛んで来れたね」
「で、どうするんだっけ?」
私はほっと胸を撫で下ろすレイさんに問いかける。待ってましたと言わんばかりの表情をしてレイさんは言った、ここは二人でいいと。
「二人、っていうかあたしとクロね。さっきも言ったけど」
「でも」
「この施設もおそらくは無人じゃない。三人はあの窓から湖の真ん中にある塔に向かってくれる?」
「あたしも残った方が良くないか? 柱の解放には二人がいればいい、そうだろ?」
「ううん、あの柱の攻略の鍵になるのは、フオちゃん。君だよ」
「は、はぁ……?」
青の柱に何があるのかは私達も知らない。だけどレイさんは何かを掴んでいるようだ。ゆっくりと話をしている時間がないことはみんな分かっていた。
「あたしらはここで転送陣を不能にしてるから、行って来て!」
「不能って、どういうこと?」
「巨大転送陣含む、関連付けられている転送陣からの流入を拒否すること、かな。敵がバンバン来たら困るでしょ。術者が二人いればなんとかなるから」
「なるほど」
「ランとマイカは身体を戻した方がいい」
クロちゃんは腕を捲くりながらこちらを見た。彼女の言う通りだ。双剣に力を貸してくれている女神達が認めてくれたとはいえ、彼女達も早く元の部屋、というか鞘に戻りたいだろう。よく考えたらすごい酷いことしてるんだよな……水の中に火を放り込んだり、業火の中に小さな氷を放り込むような真似をしている。
私は双剣を抜くと、二つを入れ替えて、やっと元の鞘に戻した。頭の中で「遅いわぁ~……」という気の抜けた声が響く。一瞬視界が飛んで、すぐに剣を腰に巻いた、見慣れないマイカちゃんの姿が飛び込んできた。
「やっと元に戻ったわね。これ、返すわね」
「あ、うん。ありがとう」
マイカちゃんから受け取った双剣の付いたベルトを受け取ると、すぐに装備する。なんかさっきよりも腰が重い。マイカちゃん、武器の扱いが上手ければ本当に最強だったんだろうな。
慣れ始めていた視線の高さがまた変わって、ちょっと変な感じだ。レイさんから「持っといた方がいいよ」と翻訳機を受け取り、指示通り装着するフオちゃんを見てびっくりする。フオちゃんが小さく見える……。
クーも私達の身体が戻ったことにすぐに気付いたらしく、マイカちゃんの肩に乗って彼女の首にハグしている。もしかしたら、状況があんまり分からなくて心配してくれてたのかも。
「よし、身体も元に戻ったし。行こっか」
「そうね。クー、窓の外で大きくなってくれる?」
「クォ?」
マイカちゃんが自分に話しかけているのは分かるみたいだけど、肝心の指示内容は分からないようだ。私が窓を開けて、窓の縁まで連れて行ってあげると、そこから下を見下ろして鳴き声を上げている。
「クー。私達をあの青い光の所まで連れてってくれる?」
「クォー!」
今度は理解できたらしい。パタパタと窓の外に留まるように飛んで、ぐんぐんと体を大きくする。私達には見慣れた光景だったけど、クロちゃんとレイさんは声を上げて驚いていた。
「魔法で大きくしたのかと思ってたけど……まさか、エモゥドラゴン?」
「うん。レイさんが行けって言ってくれたマッシュ公国で知り合ったんだよ」
「伝説のドラゴンと友達になれとまでは言ってないって」
レイさんはそう言って笑った。それにしても、やっぱり彼女はすごい。私とマイカちゃんなんてエモゥドラゴンっていう種類のドラゴンがいることすら知らなかったのに。
「レイ、エモゥドラゴンって何?」
「感情を糧として生きるドラゴンだよ。マッシュ地方の神話に出てくるドラゴン」
「神話……!?」
クロちゃんは驚いた表情を見せたあと、咳払いをしてから私達に向き直った。
「よく分からないけど、神話に出てくるくらいのドラゴンが味方ならきっと大丈夫。青の柱の巫女をゲットしたらすぐにここに戻ってきて」
「ゲットって」
アイテムじゃないんだから。二人がここを死守してくれてるんだから戻ってくるのは当たり前だけど、そのあとどうするんだろう。私はそんな疑問を胸に、レイさんを見た。
「あぁ。転送陣を使ってあるところに飛ぶよ。封印するのはあくまで出口としての機能だけ。入口としての機能は残しておくから」
「わ、分かった」
とりあえずレイさんは今後のことも考えて手を打ってくれているらしい。どこに行くつもりなのかとか、そのあとはどうするのかとか、色々と聞きたいことはあったけど、あいにく時間がない。
私は大きくなったクーに飛び乗った。フオちゃんは私の前に座らせて、マイカちゃんは定位置、私の後ろ。結構ぎゅうぎゅうだ。
振り返って二人に声を掛けようとしたところで、知らない人の声がした。バタンと扉が開けられて、すぐに「ぐわー!」という野太い悲鳴が聞こえる。
「まぁそんな感じでよろしくー!」
窓からレイさんの魔法である黄色い大きな手がにゅっと出てきて、私達に手を振っている。心配じゃない訳じゃない。だけど、あの二人ならきっと大丈夫。多分みんなお互いが心配で、だけどなんとかしてくれるって思い合ってるから、背中を預けているんだ。
私達を乗せたクーは青い柱に向かって、一直線に飛び立った。
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