世界の果てに浮かぶ街 空中都市・ハロルド
本当の凱旋と嘘の開戦
第217話
道中はほとんど駆け足だった。早歩きだと本人は言ってるけど、あれは私にとっては駆け足。故郷を想う気持ちはマイカちゃんも強いらしいと知りながら、精一杯マイカちゃんの自称早歩きに付いて行った。
軽くなった腰が、私を必要以上に不安にさせた。どこから話を聞きつけたのか、色んな種類の精霊が「がんばれ」とか「女神様たちはお前の側にずっといるよ」なんて励ましてくれて、こっそり泣きそうになったのは内緒だ。
転送陣のある祠が見えてくると、そこで私達はようやく立ち止まった。出発したときは足場が崩れて「試練か何か?」と言いたくなるような造形だったそこは、誰かの手によって補修されていた。前のままでもマイカちゃんなら登れるだろうけど、私は多分無理だ。巫女の四人もおそらくはかなり苦戦するだろう。だから直っていた階段を見てほっとした。
「ラン、帰るわよ」
「……うん」
マイカちゃんの少しだけ寂しそうな横顔を、私は見逃さない。彼女は言っていた。今日、私達の旅が終わってしまう、と。それを寂しく思っているのは私も同じだ。ただ、もっと大きな目標があるから、通過点として考えているだけで。私にとっても、この転送陣を使って街に戻るというのは特別なこと。
私はマイカちゃんの手をぎゅっと握って、できるだけ優しい声で言った。
「もしさ、ハロルドを守りきれたら……また一緒に旅しようよ」
「鍛冶屋として一人前になってから言いなさいよ」
「うっ」
痛いところを突いてくる……。だけど、嬉しくなかったワケじゃないみたいだ。その証拠に、マイカちゃんの表情が少し和らいでいる。絶対よ、という小さな声に、私は大きく頷く。そうして私達は祠の中を目指して階段を上り始めた。
祠の中が荒らされている、ということもなかった。記憶のままの光景にどこかほっとしながらも、私達は転送陣の上に立つ。
次の瞬間には街の祠にワープしていた。祠から出ると、懐かしい景色が視界一杯に飛び込んだ。街の匂いも、変わっていない。たったそれだけでのことで感極まって泣きそうになってしまった。
私はマイカちゃんと見つめ合って、それからどちらからともなく街に一歩踏み出した。私達の姿に気付いた門番のおじさんが駆け寄ってくる。随分久々じゃないか、そんな声を掛けられると思っていた私は、彼の発言に硬直した。
「ランじゃないか! おーい! ランだ! マイカも一緒だ! ……残念だよ、こんなこと。したくなかった」
「はい?」
「ちょ、ちょっと、どういうことよ」
門番のおじさんは私達に槍を向けて腰を低くしている。彼は全身で私達を警戒している。凶器を向けられた理由も分からないまま、駆けつけた応援の門番に後ろから組み伏せられてしまう。マイカちゃんが本気を出せばどうってことないって分かったけど、対話を試みたい私は、抵抗しないよう彼女に言い聞かせた。
「マイカちゃん、ダメだよ」
「で、でも!」
「いいから。……あの、どういうことですか!?」
「お前らがまさか封印者だったとはな……今、この街には勇者様が来ている。セイン国の王族を示す指輪を持った、正真正銘の勇者様だ。街の迎賓館に滞在していて、お前らを待っているぞ。お前らは必ずここに来るはずだってな」
街の迎賓館。そんなものがあることすら忘れていた。普段はほとんど使われないから、私だけじゃなく、マイカちゃんも同じだろう。確か、街の真ん中にあるお屋敷だ。あんな一等地で、あいつらがのうのうと私達を待っていたことに怒りが湧き上がる。ここは私達の大切な街なんだ。
「ついてこい」
私達は手を後ろに縛られたまま、街の中を歩かされるらしい。とんだ凱旋だ。心の中で舌打ちをしながら、今は従うしかないと自分に言い聞かせて懐かしい道を進む。私はいいけど、マイカちゃんのこんな姿、マチスさん達に見せたくない。それが申し訳なくて、すごく辛い。
レンガで舗装された道を歩いていると、みんながヒソヒソと私達を見ながら噂話を始めた。
——ランちゃん、いい子だったのに……
——父親が亡くなったのがいけなかったのかなぁ……
——マイカはいつかやると思ってた
父親のことを言われてカッとなったけど、直後にマイカちゃんが酷い言われ方をしてて怒りがどっかに行った。マイカちゃん……夜な夜な魔法の練習なんかするから……。
刺すような視線に晒されながら迎賓館に辿り着くと、背中をどんと押された。
「入れ」
「悪い、ラン。俺だってこんなことはしたくないが……」
「おいお前、何言ってんだよ。ランはハロルドに泥を塗ったんだ。世紀の犯罪者、人類の裏切り者なんだぞ」
「それは分かっているが……」
「どうしたんですか」
門番の二人が言い合っていると、中から勇者が出てきた。彼と対峙するのは三度目、ルーズランド以来だ。
ぴくりと反応したマイカちゃんに、改めて気持ちを抑えるよう伝えてから、彼に挨拶をした。
「久しぶりだね。生きてたんだ」
「あぁ。あの時は驚いた。が、見たところあの武器を失ったようだね」
「そうだね、もう、私のものじゃなくなったんだ。アレ」
「それは残念だ。あれは君達の切り札だろう。どんな経緯があったのかは分からない、が。正義は勝つ。つまりはそういうことだろうね」
誰が正義だ。勝ち誇ったように微笑む勇者の両隣に、魔法使いのヴォルフと格闘家のウェンが並ぶ。まな板の上の鯉を見るような視線に苛立ちながらも、私はどうすべきか、考えを巡らせた。
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