第240話

 二人は文字通り死闘を繰り広げていた。首の皮一枚で繋がっているような、ギリギリの戦い。こちらの攻撃の要はマイカちゃんの魔法だ。剣を握った彼女の魔法はさらに強力になっていた。

 マイカちゃんの体を借りている私にそれが分かるのは、魔力を感知せずとも、目に見て明らかに威力が増しているから。彼女の繰り出す炎はこの空間全体の温度を上げ、雷の魔法は私達の視界を真っ白に飛ばした。

 私はマイカちゃんを襲う化け物の攻撃を双剣で処理している。彼女の体でいるときの戦いはすこぶる調子がいい。剣の重さを一切感じないから。だけど、それでもまだ手数が足りなかった。それを補うように、私は双剣の魔力を借りて魔法を放つ。

 剣に宿った六人の女神の力は絶大だ。この体でもかなり強力な魔法が使えた。その気になれば、詠唱魔法すらイケそうだ。


「全ての空間よ……猛る風にさざめけ! アイシクル・ヘル!」

「ふん、こんなもの……!」


 前後左右そして上下と、化け物のいるところに向けて、全方向から氷の柱が襲う。彼はバキバキと腕を太くさせ、その豪腕で氷を割ると難なく脱出し、そのままマイカちゃんへと、真っ黒な炎のようなものを放った。

 私はマイカちゃんの前に出る。魔法障壁を張ったり、剣を魔法でコーティングして伸ばして封じたり。色々と方法は思い浮かんだ。だけど、あえて別の方法を選ぶことにした。


 ここでひっくり返してやる。

 記憶を反芻しながら、私は高らかに言った。


「土の精霊よ、大地を揺り動かせ! 女神の目覚めに歓喜し、謡うように!」

「何!?」

「ウソ!?」


 地面が蛇のように盛り上がり、化け物の前で爆ぜる。いつか見た光景だ。その魔法は化け物の魔法を消し去り、さらに追撃するように伸びてきた様々な生き物のパーツをも撃ち落とした。だけど、まだ終わらない。

 なんでって、これは多段階詠唱だから。


「大地の女神よ! 彼らの喜びを耳にしたのならば、我が呼びかけに応えよ!」


 やっぱり、自分で詠唱を考えるなんて私には出来ない。だけど、過去にマイカちゃんが唱えたものなら話は別だ。それを実現するだけの魔力は剣に眠っている。一度見た魔法だから、イメージも完璧。協力してくれる女神も同じ。こんなこと、もしかすると、私達にしかできない芸当かもしれない。

 双剣を握ったまま天に手をかざす。剣から放出される力が、血管を巡って駈け抜けているみたいだ。


「アース・テンペスト!!」

「なっ……! くそォっ……!!」


 あのときと、同じ光景。大地が迫り上がり、空高く天辺から崩れて、雪崩のように化け物を飲み込もうとしていた。

 姿は違えど、化け物は、カイルは一度あの攻撃を受けている。私の体を借りたマイカちゃんにしか放てない大技だと思っていただろう。実際、私もそう思ってたし。だから意表を突くには十分のインパクトがあったと思う。そして、彼が二度同じ魔法でやられたりはしないであろうことも分かっている。

 だけど、私は焦ったりしていない。この魔法でヤツをどうにかしようと思ってなんていないから。隙を突くことができれば上々なんだ。


「マイカちゃん! 今!」


 私は彼女に駈け寄り、合図を出した。声に出してから思念を飛ばした方が良かったかもなんて気付いたけど、幸い化け者は私の魔法を捌くことで手一杯のようだ。

 マイカちゃんは瞬時に反応してみせた。彼女が手を伸ばし、私の腰を抱くと同時に、あまり味わったことのない浮遊感に見舞われる。空間を回転させることに成功したんだと、感覚で分かった。


「なっ……!?」


 箱庭が解除され、周囲が一気に明るくなる。地上で対峙していた筈の化け物が、不釣り合いな夕焼けの空から降ってくる。と同時に、私達も重力に引っ張られて落ちている。このまま落ちれば、背中をかなりの勢いで強打するだろうけど、そんなことはヤツをどうにかしてから考えよう。


 マイカちゃんは、多分私の考えていることが分かるんだと思う。そうじゃないと、この反応速度は有り得ない。

 細かい説明なんてしてなかったのに、彼女はありったけの魔力を私に送ってくれた。正確には、私の握っている双剣に。


「やるっきゃ、ないね」

「失敗したらただじゃおかないわよ」

「はい……」


 私の腰を抱いていた彼女の腕に力が籠る。怖い。なんでこんな時まで脅迫されるのかな。だけど、ここで失敗すれば、私が自分を許せないと思う。

 マイカちゃんから預けられた力と、元より剣に宿っている力をブレンドするようイメージしながら、両手に持っていた双剣をがっしりと重ねた。そんなことやったことないのに、なんでかできるって分かってたから。

 重なった双剣はまばゆい光を放つ。光がぐんぐんと大きくなり、手に伝わってくる重みも増していく。光が弾け、剣があらわになる。魔力によって変形したそれは、炎と水が絡み合うような不思議なデザインの両手剣へと変化していた。


「おい、なんだ、それは……!」


 化け物が怯えるような声を絞り出す。彼のあんな声は初めて聞いた。だけど無理もない。マイカちゃんの体ですら、凄まじいオーラを感じるほどの代物だ。

 両刃の剣は、真ん中から真っ二つに刃の色が変わっていた。ツートンカラーの刀身なんて珍しい。一目見て、光と闇の属性がそこに集約されているのだと分かった。


「いくよ……!」


 力を貸してくれた巫女、女神達の魔力の脈動を確かに感じる。それだけじゃない。精霊達の息吹まで感じる。

 この戦いを見守ってくれているみんな。遠く離れた地から、私達の無事を祈ってくれてる人達の気持ちまで。まるで世界中の全てを一瞬で理解できているような、神様になったような感覚だ。


「ラン、来るわよ!」

「分かってる……!」


 化け物は落下しながらも、手を伸ばす。無数の手を。これまでの量とは比較にならないほどの腕が、私達を傷付けようと向かってくる。さらに、見た事の無いモンスターの顔まで現れる。それらはガチガチと歯を鳴らして、目の前の獲物を食い殺さんとしていた。


 それでも、私のやることは変わらない。応援してくれる全ての命を感じ、全力で剣を振り下ろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る