第36話

 サライちゃんは私達の正体をいとも容易く言い当てた。当たったというのに、喜んでいる様子はない。得意げな顔をすることもなく、ただ前提の情報を引き出したに過ぎないという表情でさらに続ける。


「そこの子、黒の柱の巫女でしょ。違う?」


 私達は何も言えない。さすがにこれを認めてしまうと、つまり私達が柱を消した張本人達であることを暴露するのと同じことになるからだ。マイカちゃんと目を合わせてみても、事態は好転しない。ただお互いに「やばいね」「うん」と瞳で語り合うだけだ。

 押し黙っていると、クロちゃんがおもむろに口を開いた。


「まぁ、そうだけど。サライ。あなた、何者なの?」


 クロちゃんは真っ直ぐにサライちゃんを睨み付ける。警戒を隠さないその目力に気圧されることなく、サライちゃんはにっこりと笑ってみせた。


「ふふ。まぁゆっくりと話しましょう。ここは木ノ実を煮出したドリンクがおススメなの。もちろん私の奢りだから」


 そう言ってサライちゃんはテーブルに置いてあった箱に手を置く。するとすぐに店員がやってきた。一体どういう仕組みなんだろう。見当もつかない。だけどそれについて質問する暇は今は無さそうだ。


「いつもの四つお願いね」


 サライちゃんは手短に注文を済ませて、店員が見えなくなると頭を下げた。驚かせてすまないと。困惑する私達に、彼女は説明してくれた。


 黒の柱が消えた時から、誰かが勇者の行く手を阻止していると感じた彼女は考えたという。何故黒の柱から消えたのか。そうして周辺地域の誰かの仕業であると予測して、その辺の伝説や言い伝えをジーニアの図書館で読み漁ったらしい。

 さすがに私達がハロルドから来た人間だとは見抜けなかったようだけど、クロちゃんの家に伝わるローブを見てピンと来たのはそのおかげみたい。さらにルクス地方の言語を勉強し始めたのも黒の柱が消えてからだと言う。普通そんなすぐに一つの言語を学習できる? 天才にも程があるわ。だけど、そこで一つの疑問が生じた。多分、気になっているのは私だけじゃないと思う。


「サライちゃんは、どうしてそこまでして黒の柱を消した人と関わりたかったの?」

「いい質問。私は、姉を救って欲しいんだよね」

「……どういう意味?」


 そこで店員さんが失礼しまーすなんて明るい声を上げて個室に入ってきた。黒い液体が入ったカップを人数分置いて、お好みで砂糖を入れて下さいね、なんて言って白い陶器を添えていった。

 私達はそれぞれが容器を手に、サライちゃんの言葉を待つ。


 そして息を飲んだ。これって、まさか。


「私の姉、レイは光の巫女なの。頭だってお姉ちゃんの方が良かったんだよ。彼女は神童と呼ばれて、同年代の学生で、彼女ほど将来を有望視されていた人は居ない」


 サライちゃんは悔しそうな顔で続けた。

 彼女の才能を妬む人がいて、そこに都合よく勇者達が現れて。お姉ちゃんは光の柱の巫女としての使命を全うすることになっちゃった、そんなことを教えてくれた。

 物分かりのいいフリをして姉の分まで勉学に励んで、姉の目標の一つだったルクス地方からジーニアまでの列車計画を成功させることが目下の生きがいだったらしい。だけど、そんなある日、黒の柱が消えて、サライちゃんはその可能性に全てを賭けることにしたんだとか。


「私のお姉ちゃんを、救って欲しいの」

「いいよ。その為に来たんだし」


 今なら全部分かる。サライちゃんが自然な感じを装って話しかけてくれたことも、こんな個室に私達を連れてきたことも。どこに潜むか分からない悪意を躱して、秘密裏に事を進めたいんだ。


「姉が光の巫女であることはこの街の住人なら周知の事実なの。だから、こっそり脱走させてあげたいなって」

「でも無理じゃない? 現実的にどうしろっていうのよ。夜に塔に入って深夜に出てくるとか?」

「今、何時だと思う?」


 サライちゃんに問われた私達は、部屋の中に時計がないかときょろきょろしてみる。あった。夜の、十時だ。


「もうそんな時間なの!?」

「そう。ここは学術都市。深夜のみ開講してる学校もあるくらいだし。人の流れは夜も昼もあまり変わらないわ」

「じゃあどうすんのよ!」

「私に考えがあるからそこは気にしなくて大丈夫」


 彼女には人目を気にしなくても大丈夫な手立てがあるという。今はそれに縋るしかない。私達はサライちゃんの言い分を信じて、早速塔に侵入する手段を打ち合わせる。

 塔の中がどうなっているのかは、サライちゃんにも分からないらしい。観光スポットと化しているらしいそこは警備の人間がいるから、鍵を入手してそれをクリアできれば中に入ることは可能みたいだけど……。


「鍵って……最難関な気がするけど」

「鍵は代々巫女の家系に受け継がれているの」

「じゃあ」

「そう。私なら手に入れられる。実験の途中で異常な数値を検知したとか、適当なことを言えば警備の人間も人払いできると思う」


 マイカちゃんとクロちゃんが目を輝かせていたけど、私は素直には喜べなかった。だって、それじゃあ……。


「もしレイさんを助け出せたとして、真っ先にサライちゃんが疑われない?」

「そうね。検知した異常な数値のせいということにするつもりよ。姉をあの塔に閉じ込めた人達だって、姉が研究の前線に舞い戻って来なければ、都合良く勝手に死んだことにして、それ以上追求してこないと思う。中に魔法的な封印があることは知られているし、結局神具を持っていない私にはどうにも出来ないって思われるわ」


 よく分からないけど、サライちゃんは魔法と科学のこの街の、科学の部分を担っているんだろうな、と思った。列車の話だって、魔法っぽい話には思えないし。


 塔に入るには鍵を用意する必要がある。

 その間に私達はジーニアの大図書館に向かうことにした。別行動は明日からだ。今日はサライさんに短期用の学生宿を紹介してもらって、そこで休むことになった。

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