第223話

 彼が剣を納めなかったことを、私は大して残念に思っていない。いや、残念だとは思うけど、そもそも彼がそんな真似をするわけがないから。障害になるものがあるなら、相手が誰だろうと容赦はしない、これは私が彼について知っている数少ない事柄の一つだ。


 だから私は、和解や命乞いのためではなく、戦略として時間を稼ぐ必要があると思った。こんなボロボロの状態では、私一人じゃどうにもならない。だけど、レイさん達がやってきて、ヴォルフやウェンを倒してくれたら。仲間が加勢してくれたら。他に何かが思い付いてくれてもいいけど、こんな呼吸すらやっとな体では、出来ることはそんなに無いだろう。


「……気にならない? どんな剣を封印したのか」

「全く。君が使っていた短剣だろう。元々、妙な力を放っている武器だと思っていた」

「そっか……」


 勇者はため息をついたあと、双剣は扱ったことが無いから面倒だ、と不満を漏らした。既にこの街から出た時のことを考えている彼に少し呆れる。


「その双剣を抜いても、この街は崩壊しないのか」

「うん。……気になる? この街のこと」

「まさか。崩壊するなら回収すべきものは先にすべきだと思っただけさ」


 こいつは本当に腹が立つ。私達の故郷をアイテム回収ポイントとしか思っていないことが良く分かった。勇者にとっては、この会話ですらそれに類するものなのだろう。殺してしまえば話が聞けなくなるから、殺す前に聞いておくか、程度の。

 鼻を明かしてやりたい。そうは思うけど、体が全然言うことをきかない。なんとか立ち上がってみせたけど、それだってやっとだ。脚を動かすビジョンは全く見えなくて、思考の間にも「膝をついて体を休めたい」なんて考えているくらいだ。


 そこで気付いた。そうか、この手があった。

 私は前に倒れるように片膝を付いた。今にもそのままうつ伏せになってしまいそうな様子に、勇者は何の違和感も抱いていないようだ。


 細長い板を並べた床。その隙間に剣の切っ先を滑り込ませる。そして私は、剣に残留している莫大な力の一部をこの攻撃に使用する。

 切っ先から放出された魔力は、蛇のように勇者の足元を目指す。床の中は骨組みを除いて空洞が多く、それは静かに彼の足元に這い寄った。


「……ぐあぁ!? っくそ!」


 蛇みたいだなーと思ったから、本当に蛇をイメージして魔力を使った。板の合間から顔を出した黒い蛇は、勇者の右足に噛み付いたまま離さない。

 立派な金属製のブーツを履いている勇者だったが、それでも彼は無傷ではいられなかった。ブーツは蛇に噛まれたところから、軽く拉げている。バキンと大きな音が鳴って、それを合図に私は力を解除した。ブーツのパーツが壊れた音だと思ったけど、もしかすると骨が折れる音だったのかも。


「くっそ……くっ…………!」


 膝をつく私と、足首を噛まれ尻餅を付いている勇者。街の命運が懸かっている戦いにしては無様だったけど、お互いに真剣だ。格好悪いのはご愛嬌。

 全身の痛みに見舞われ、腹部の激痛に耐えながら、私は左手で握っていた剣の柄を、痛みを乗り越えるために、さらに強く握る。ぎゅっと音が鳴って、たったそれだけの音がボロボロになっていしまった民家に響く。


 とんでもないチャンスだ。勇者の虚をついた。おそらく、似た様な真似は二度と通用しない。考えるよりも先に、私は剣から魔力を抜き出していた。

 左手で剣を握り、右手で剣から抜き出した魔力を握っている。まどろっこしいことをしているように感じるかもしれないが、両者には決定的な違いがあった。質量だ。今の私には、この伝説の剣を振り回すほどの力は残っていない。剣の形で魔法を具現化させる方がいくらか軽かった。

 重力を伴う魔力を手にしている感じが酷く懐かしい。そういえば、私はいつもこうして、炎や氷で刀身を作っていた。今は全てが魔力で出来たものを握っているから、全く同じではないけど。


「……っやぁ!」


 私は勇者に向かって、刃の形をした炎の魔力を彼に突き出す。痛みに悶えながらも、かれは両手をかざして、シールドを張った。


「っはぁ……はぁ……君は、やっぱり甘いね」

「何がさ」

「僕が君なら。同じ手を使って、今度は蛇に胴体を襲わせていた」

「……!」


 これまで、私は全力で戦っているつもりだった。そりゃ人なんて殺したくなかったけど、そうするしかないんだって、気持ちに折り合いを付けて頑張っているつもりだった。……けど、そうじゃなかった。

 だって、彼の言う通りだ。私は無意識に、彼を殺さない手段を選びながら対峙している。そんな余裕はこれっぽっちもないのに。ここで油断すれば、今後もう彼を出し抜くチャンスは無いかもしれないって、分かっているのに。


「その甘さが君なんだ。それくらいではなければ、街を救うために世界を旅をしたり、しないだろう」


 そうかも。やけに私の心に寄り添ったその言葉に違和感を覚えながら、勇者を睨む。彼は相変わらずの無表情で、さらに続けた。


「そして、その甘さのせいで命を落とすことになる、と。愚か者の末路は大体決まっている」


 こいっつ……ほんっとに……!


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