第125話

 オオノはテイクアウト用の箱にスプーンを突っ込んで、少しかき混ぜては中身を口に運んでいる。中身は色んな豆が入っているらしいボリュームのあるサラダだ。マイカちゃんは「これだけで足りるの……?」なんて驚いてたけど、結構な量が入っている。

 食べ終わるまでは待ってようかと思ってたけど、半分くらいまで食べたところで、オオノはぽつりと呟いた。


「ラン。お前、何者なんだ」

「……何者でもないんだよね。強いて言うなら悪者だよ」


 私の左隣に座っているマトの眉がぴくりと反応する。多分、ルーズランドを目指しているという話を思い出したんだと思う。


「どういうことだよ」

「……二人にとってどうかは分からないけど、世界にとっては。おそらく」


 具体的な理由について、私は話そうとしなかった。ここでマイカちゃんが口を開いたら、それはそれでしょうがないかなって思ったけど、彼女も理由を話すようなことはしなかった。


「ただ一つ言っとく、私達がルーズランドを目指す理由は財宝なんかじゃない」

「というか、できることならそんな危なさそうなところ、私達は行きたくないわよ」


 マトは「はぁ……?」と首を傾げている。だけど、あるかどうかも分からない財宝が目当てではないというのは伝わったらしい。話したことが最低限信用されたのは、ドボルの討伐を手伝ったおかげかもしれないなんて思った。

 オオノは空になった箱にスプーンを放り込んで、ベッドの横に据え付けられていた木棚の上に置くと、上半身を起こしたままこちらを見た。


「……ラン。もし、俺の頼みを聞いてくれたら……ルーズランドについて、重要な情報を渡すと言ったら。どうする?」

「重要な……?」

「嘘よ。絶対ウソ。お願い聞いて欲しいからああいう言い方してるに違いないわ」

「俺マイカになんか悪いことしたっけ?」


 マイカちゃんは懐疑的だ。ただの元旅人が謎の多い世界の端の情報を持っているとは思えないのだろう。私もオオノの言葉を完全に信じてるワケではないけど、彼の要望が大体予想できているので、それを無碍にするのは難しかった。


「んー。まぁ想像付いてるんだけど。ドボルの調査じゃない?」

「当たり。俺、そろそろしんどい」


 そう言って、オオノは片手で額を押さえた。悲痛な面持ちでその横顔を眺めているマトもまた辛そうだ。ダイニングカフェでマトが言ったことも、全部本当の事なんだと思う。

 かなりの頻度で危険な魔族に街を襲撃されて、その度に恋人が最前線に立たされて平気な人はいないと思う。

 右隣に座るマイカちゃんは複雑そうな顔をしている。オオノの言う、ルーズランドに関する重要な情報とやらが真実なのかは分からないけど、きっとどうにかしてあげたいと思っているのは彼女も一緒だと思う。

 だから私は話を進めることにした。極めて前向きに。


「……何か心当たりはある?」

「最近、南東の沼地で行方が分からなくなってる人が結構いるんだ。そこを調査してきて欲しい」

「なるほどね……」


 藁にもすがる思いなんだと思う。そこで何かが起こっているのは確かだろうけど、ドボルに繋がるかどうかなんて分からない。それを知り合ったばかりの二人組に託そうとしている。痛々しくて見ていられなかった。

 横を見ると、マイカちゃんと目が合った。そして彼女は頷いた。なんだかんだ言ってもやっぱり優しい子だ。私は彼女に応じるように頷く。


「いいよ」

「本当か!?」


 勢いよく立ち上がったマトの目は輝いていた。私達が了承したことを驚きながらも喜んでいるようだ。


「うん。このままほっとけないしね」

「こんなこと言うのも何だけど、俺の言うこと、信用してもいいのか?」

「勘違いしないでね。私はルーズランドの情報なんてなくても、オオノのお願いを聞いてたよ。じゃ」


 あの勇者なら、きっとこんなお願いを聞いたりしないと思う。どうにかして情報を聞き出してスルーする筈だ。これまで訪れた町でも似たようなことを言って住人の声を無視してきたみたいだし。

 でも、私達は勇者じゃない。巷じゃ封印者とまで呼ばれてる、悪人だ。悪人のすることなんだから勇者と真逆なのは当たり前だ。どっちが世間一般的に言われてるらしい決断をしているのか、分からなくなってくるけど。


 私とマイカちゃんは立ち上がって、だけどすぐに振り返る。何故かマトが付いてこようとしていたから。


「オレも行く!」

「いいよ。オオノの側に居てあげて」

「でも……」

「監視なんてされなくても、ちゃんと行ってくるよ」

「そんなつもりじゃ……オレはただ」

「いいんだって」


 先程の戦闘を見ていたから分かる。マトは兵士でもないのに、武器を持って前線に立っていた。そんな無茶は、できるだけさせたくない。


「マイカだって行くのに、オレだけここにいるのは」


 そうか、マトは知らないんだ。マイカちゃんのことを、か弱い帯同者だと思っている。だから、そんな危険なことをさせようとしてるのに、自分だけ……って思ってる。マトは優しいな。

 大丈夫だよ、そう言おうとしたけど、それは何かが粉砕される音に阻害された。振り向くと、マイカちゃんがさっきまで座っていた椅子の座席に踵落としをして破壊しているところだった。


「え」


 更に、頑丈そうな椅子の背もたれをおもむろに拾い上げると、そのまま両手で割った。バキャッ! という音が休憩室に響く。


「私だって行くって……それ、どういう意味?」

「オ、オレ、ここにいる!」


 マイカちゃんがとんでもないということは十分伝わったらしい。

 青ざめた顔をするマトとオオノに見送られて、私達はやっと休憩室を出た。閉じた扉から、「まじかよ……」という呟きが聞こえてきた。

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