第177話

 一度目と同じ順番で舟に乗り込む。しかし、これがどこに通じているかは全く分からない。先ほどのミストの言葉、「このフロアはクリア」が唯一のヒントとなる。

 そう、彼女はフロアに限定して、先を急ぐ私達に道を許したのだ。まぁ白の柱でもそうだったから、なんとなくそんな気はしていたけど、青の柱の巫女に会うことはまだ叶わないらしい。


「動き出したわね……」

「マイカちゃん、キラキラするときは横を向いてから。ね?」

「あたしにかかるかもしれないアドバイスはやめろよ!」


 フオちゃんはキラキラを引っ掛けられることに怯えているようだけど、私だって背中にぶっかけられるのは嫌だから、悪いけどここはフオちゃんに泣いてもらおうと思う。大丈夫、運が良ければかからないよ。

 動き出した舟は真っ直ぐに進むと、先ほどとは違う水路へと進む。おそらくはこれが正解のルートなんだろう。ゆっくりと、坂になっている水路を上っていく。


「……これ、どういう仕組みなのかしら」

「さぁ……おそらくは魔法の力だと思うから、原理を考えるだけ無駄だよ」


 漕いでいるわけでもない舟が坂を上るなんて有り得ないけど、魔法の前では全ての物理法則は根拠にならない。あんまり細かいことを考えずに受け入れるのが一番利口だと思う。

 しかし、これが魔法の力だと知ったマイカちゃんはそうじゃなかった。ねぇと声を張ると、どこかで見ているであろうミストに話し掛けたのだ。


「見てるんでしょう!? 私がキラキラしたのも! 私、乗り物に弱いの! さっきのスピードだと酔っちゃうから、ゆっくりにしてくれないかしら!」


 背に腹は代えられないのだろう。それに、私達としてもキラキラの脅威が無くなるのであればかなり有り難い。マイカちゃんがミストに語り掛けるのを止めずに、私とフオちゃんは成り行きを見守ることにした。

 そして願いは聞き届けられた。ミストが、みんなに聞こえる形で返事をくれたのだ。


 ――それはそれは、おいたわしいですわ……


 同情するような声色。徐々に坂がきつくなっていく水路。スピードを増す舟。

 これ以上はいけないというところまでスピードが上がると、ミストは呟いた。


 ――ご愁傷様でした。


「「「え゛」」」


 三人の声がシンクロする。ミストが言い終わるや否や、舟は一気にトップスピードに切り替わった。室内なのに、顔に当たる風がすごい。「絶対しばき回してやる」という呪詛を聞きながら、私はゴーグルを装着した。

 ただ真っ直ぐ走っているだけならまだしも、舟はぐねぐねとした水路を進む。縁を掴んでいる手に、たくさん水がかかる。マイカちゃんじゃなくても酔いそうだ。三人でキラキラするとか、目も当てられない地獄絵図になりそうだから遠慮したいんだけど。


「っていうか長くないか!?」

「そろそろよ、きっとそろそろ……!」


 自分にそう言い聞かせるようにマイカちゃんは叫ぶ。そして、前方から差し込む光を確認すると、私は「もうすぐだよ!」と声をかけた。


 ――では、頑張ってくださいね


「……は?」


 舟は止まらない。先ほどまでのスピードを維持したまま坂を上り終え、広いフロアを走り回っていた。

 どうやら、このフロアでは舟に乗ったまま何かをしなければいけないらしい。マイカちゃんにはキラキラを堪えることに集中してもらうとして、ここは私とフオちゃん、必要であればクーの力も借りて攻略するしかないだろう。


「ラン! どうする!」

「どうするったって!」


 陸地は見当たらない。一面が水で満たされたフロアだ。そして舟は何かのルートに沿って爆速で移動している感じがする。急にカクっと曲がったりするから、多分それだけがヒントだ。見渡す限り水だらけの空間で、自分達がすべきことを考える。

 そして考えがまとまるよりも先に、ダムが決壊した音がすぐ後ろで響いた。


「うえぇぇぇ」

「あああぁ! あたしに掛かるから! マイカ! もっと横をちゃんと向け!」


 多分、後ろがとんでもないことになっている。絶対振り返りたくない。背後の惨状を察するのとほぼ同時に、水面に何かが立っているのを発見した。


「フオちゃん! あれ何かな!?」

「知らねー! あたしはマイカの介抱で手一杯だ!」


 ですよねー。頼れるのはクーだけ、か。一緒に頑張ろうね、クー。


「キュオー!!?」

「あ、うん。一人でやるね」


 多分、クーがキラキラの被害に遭った。肩に乗ってたし、よく考えたらすごく危険だったよね……。それでもマイカちゃんから離れようとしないなんて、クーは優しいね。私がクーなら、舟に乗る前にそっとマイカちゃんの肩から下りるよ。


 舟が近付いて初めて分かる。私が発見したのは……あれは、的だ。何を当てていいのかは分からない。とりあえずは……。


「ファイズ!」


 私は火の魔法を放ち、見事に的を撃ち抜いた。正しかったのかは分からないけど、とりあえず何かをしようとして、それは成功した。そのことに小さくガッツポーズをしていると、頭の中でミストの声が響いた。


 ――素晴らしいです……


「「「うるっさいわ!」」」


 私達三人の声が再びシンクロした。そしてすぐに続いたミストの声に、今度は絶望する。


 ――あと九個。頑張って下さいね


 これがあと九個もあるらしい。なんだろう。なんかもう、全部嫌になってきちゃったな……。

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