第2話

 ハロルドを訪れる冒険者は上級者が多い。周辺のモンスター達は僅かに漏れ出る魔界からのエネルギーの影響で、凶暴化かつ強化されているとかいないとか。そんな噂がまことしやかに流れるくらいに過酷な環境なので、自然とふるいにかけられているのだと思う。

 そんな中で、私達は暮らしてきた。当然、外に出るのは命がけだ。ツインヘッドドラグーンやゾンビキマイラに追い掛けられながらの外出は骨が折れる。

 私はあまり街の外に用事があるような人間じゃないけど、店の仕入れ業務等がある人達はそうも言ってられない。彼らは街に集まる勇者候補達を雇ったりおだてたりしながら、上手く移動を繰り返しているのだ。中には移動用にスカイドラゴンやラグーンドラグーンを飼っている人もいるけど、それは少数派だ。

 そんなわけで、この街の掲示板の情報は入れ替わりが激しい。おそらく大体の依頼書は二日と保たずに、それなりの腕利きによって剥がされる。


 私はそんな掲示板の前に立っていた。依頼をするんでも受けるんでもない。街をあげてのお祭りの告知を読んでいたのだ。毎年夏になると、盛大に開催される封印祭。多分、他じゃ聞かないよね、私も聞いたことないし。

 なんでもここを街として興した日を祝うものらしい。らしいというのは、もうみんな飲んで騒いで仕事サボってるだけだから、多分元のお祭りからは大分かけ離れてると思うんだよね。花火を上げたり剣の台座の上で形式的な儀式も行われるから、本来の目的を完全に失ってしまっているわけではないんだけど。それだって、はっきり言って観光客向けのパフォーマンスみたいなものだ。

 お祭りは街にとって大切なものだ。観光客が来るという、数少ないイベントでもあるし。そういうことがないと、重度の滝フェチでもない限り、ここに強い目的意識を持ってやってくる一般人なんてほとんどいない。


 恐ろしいのは、数年に一度、本当に重度の滝フェチがやってきて、この滝の素晴らしさを語ったりするんだよね。まぁ、綺麗だけどさ。あそこまで熱くなれるのはちょっと分かんない。


「封印祭かぁ……ちょうどたまってる仕事もないし、今年は羽目外しちゃおっかなぁ」


 ここですごく悲しいことを言うと、私は二十五歳で同年代の友達は大体結婚してて、なんなら子供もいるから、羽目を外すとしたら一人で騒ぐか、適当な男を捕まえるか、外部の冒険者と絡むしかない。まぁ適当な男を捕まえたことなんて一度もないんだけどね。髪は邪魔になるからって理由でずっとショートだし、仕事を言い訳にする訳じゃないけど、洒落っ気というものが無い。

 私がマチスさんの一人娘のあの子みたいに可愛ければ……あるいは……。あの子は、顔は可愛い。顔はね。顔だけは認める。顔は評価せざるを得ない。そりゃあれだけ理不尽な性格してるんだから、顔くらい可愛くないとね。

 私に対して世界で一番理不尽な行動を取ってくる彼女は、もしかすると私にとって世界で一番可愛いのかもしれない、なんて思えてくる。それくらいじゃないと業と取り柄のバランスが合わないっていうか。めちゃくちゃな理屈だけど、でも本当にそれくらい可愛い。あの子こそ、早く適当な男を捕まえて少し大人しくなってほしいな。


 私は掲示板の前で、腕を組んで唸っていた。肩に手を置かれて振り返ると、そこには勇者がいた。

 いや、勇者を名乗る冒険者なんてこの街には年間数百人は来てる。そして台座の剣を抜く事ができず、項垂れて帰っていくものだ。

 しかし、彼はそれらとは違う、確かなオーラを放っていた。勇者どころか、まだ冒険者であるとすら名乗られていないのだけど、っていうかこの人なんで私の肩叩いたの。え、めっちゃこわ。


「あの、ちょっといいかな」

「は、はい。なんですか?」

「封印祭はこの街の大きなイベントなんだよね?」

「そうですよ。もしかして、観光の方ですか?」

「僕はただの冒険者だよ。あと、町長さん? の家を教えてもらいたいんだけど……」

「あぁ、それならあっちですよ」


 私は物腰の柔らかい青年の背後を指差すと、街の外れに長老の家はあると告げた。

 すると、勇者の後ろの方にいた格闘家っぽい男性と、魔法使いっぽいおじいさんが、急ごうとかなんとか言って、彼を引きずってその方角へと走っていってしまった。あ、おじいさん転んだ。起き上がらないじゃん。あれ大丈夫なの? あ、抱えられた。可愛い。じっとしてる。


「あれ、絶対勇者だよね……」


 整った顔立ちから判断したつもりはない。全体的なオーラが、ぱぁ〜! と勇者だったのだ。ちなみに、私のこういう勘は結構当たる。伊達に祝福の付与なんてやっていない。私にはそういうものを感じる力があるんだよ、多分。


 なんとなくイヤな予感がした私は、長老の家に行く事にした。上手く言えないけど、こう、心臓がぎゅっとなる感じがあったっていうか。とにかく不穏な感じ。これが私の勘違いならいいんだけど。


 ちなみに、サボりではない。実を言うと今日は既に一仕事終えた後だ。四件の追加効果の付与。私の店が潰れずにやっていけているのは、こっちで儲けているからだったりする。装備品に祝福を授けられる人間はごく僅かしかいない。

 ドラゴンを休ませに来た騎士に、鍛冶屋で祝福の付与をやってるのは、もしかしたら世界中で私の店だけかもしれないと言われたことがある。それはさすがに大げさだと思うけど。でもそのレベルで難しいことが、私にはたまたまできて、それを飯の種にしている。

 マチスさんにお礼としてあげた精霊石だって、上手く売り捌けば一個で一ヶ月は生活していけるほどの金額になるのだ。それをお願い事をする度にごろごろと置いていってる。まぁ余っても困るものじゃないし。精霊も迷惑はしないって言ってたので。

 だけど、マチスさんのお店で武具を調整してもらってから、私の店に来る人は後を絶たない。精霊石をさっと当てるだけで付与は終わるから、よほど妙な注文をつけてこない限りは、うちの店にくる必要なんてないはずなんだけど。

 多分だけど、マチスさんは私にお客さんを回してくれてるんだと思う。私が食いっぱぐれないように。本当に、考えれば考えるほど頭が上がらないよねぇ……。


 今日の仕事のこととかをぼんやりと思い返しながら、私の足は街の外れにある長老の家へと向かっていた。

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