第3話
さっきのが勇者だったとして、その一行が焦っていたということは……?
何か理由があるはず、そんな軽い気持ちで長老の家を訪ねると、窓が全開だったので普通に会話が聞こえてきた。私は息を殺して耳をそばだてる。
「つまり、主はセイン王家の血を引く者で、国王の命で援助を受けながらここまで旅してきた、と」
「えぇ。四大柱も、その援助のおかげでどうにか」
四大柱。その単語を耳にした私の目は、大きく見開かれる。
現在、地上から天に伸びる光が四本ある。ここから見えるのは黒いのだけだけど。距離があるので細い糸のように見えるが、近くで見ると大層立派な筒状の柱なのだとか。
あれらが初めて空に現れたのは一年くらい前。徐々に本数が増えていき、数ヶ月前に最後の一本が出現している。当時、四大柱が全て揃ったらしいと、街でも大変な騒ぎになった。
この街だけではない。各地をパトロールしている騎士団員達の話では、訪れた全ての街がこの話で持ち切りだったとか。
そりゃそうだよね。眉唾ものだと思っていたおとぎ話が実在して、さらに目の前で起こってるんだから。それを実現させたのが、すぐそこにいる一行らしい。本当に勇者じゃん……。
街の言い伝えでは、「四つの光が天を刺す時、剣の道は開かれん」と言われている。要するに、この街の剣は柱が空に出現したときだけ引き抜けるっぽいのだ。
柱が現れてから、街に来る人が少し増えた。それはつまり、駄目元で剣に挑戦しにくる人が増えた、ということ。それまでは広場のオブジェとなっていた剣が柱の出現により、一気に現実味を帯びてきたのだ。これこそが最強の剣だ、と。
冒険者だと名乗った男の後ろ姿を盗み見る。彼は、ごく穏やかな声色で言った。この街の剣を抜かせて下さい、と。
律儀な人だと思った。みんな黙って挑戦してるんだから、彼もそうすればいいのに。わざわざ許可を得るなんて。
だけど、対する長老の声は壮絶だった。あんまりそういう声出すと寿命短くなりそうだからもうやめた方がいいと思うけど。
「ふむ……そう、か」
「えぇ。僕は、多分あの剣を抜いてしまう。分かるんです。そうするとどうなるのか、王家の者である僕が知らないわけないじゃないですか」
……えっと、何を言ってるの? 抜けば?
と言いたいとこだけど、あの剣には何か秘密が隠されているんだと考えるのが妥当だろう。
「……祭りの時期なのは、偶然か?」
「まさか。この街で最も大勢が集まるイベントですからね。そこで決行するのは当然でしょう。柱が現れて初めての封印祭でしたので、事前に住人達を避難させたりしないようお願いしたくて伺いました」
「念の為に聞くが、それは何故じゃ」
「決まっているじゃないですか。剣に蓄えられる魔力が落ちてしまうからですよ」
分からない。私には、彼が何を言っているのか、全く分からない。聞こえてきた長老の返答は、もっと分からないものだった。
「分かった。なに、元よりいつかはこうなる運命じゃった。それがわしの代だった。ただそれだけよ」
「ご理解いただき、ありがとうございます。……しかし、さすがハロルドの長老です。死をこうも容易く受け入れるとは」
「わしの命なぞどうだってよい。わしがこの世から失わせたくないのは、この街に住まう者達の、日々の営みじゃ」
……ちょっと待ってね。
今とんでもなく重要な単語出てこなかった?
来たよね。じゃあ言ってみよ。せーの、死。はい。
死ぬ? 死ぬの? しかも、長老の発言的に全員死ぬの?
意味分かんないの極みなんだけど?
「分かってます。あなたは聡明な方です。では、決行は祭りの賑わいが最高潮の時に……いいですね」
「いいじゃろ。一つ言っておく。剣を引き抜くとき、台座には仲間二人も乗せておくことじゃ。抜いたそれを天にかざすと、剣から放たれる光が五本目の柱となる。そこから街の崩壊が始まり、台座以外は何も残らんぞ」
「……分かりました」
「ま、それまではこの街でゆるりと過ごしてくれ。もしかすると、居心地が良くて、破壊するには惜しいと思えるかも知れん」
勇者一行は愛想笑いをすると振り返った。多分帰るんだ。ここにいたら絶対マズいじゃん。私は慌てて大きな植木鉢の影に隠れるようにしゃがんで、頭を抱えて丸くなった。
徐々に遠くなる足音を確認して、かなり待ってから顔を上げる。誰もいない。そうして長老にも悟られないように、私は来た道を戻って街の中心へと向かい、すぐに長老の家へと踵を返した。
「いやいや、スルーしきれないって。破壊とか崩壊とか死とか言ってたけど、絶対駄目でしょ」
勇者と長老の会話を反芻する。許せない。事情ったって、シバく必要のない魔王にちょっかい出そうって、ただそれだけの王国の身勝手な理由だ。魔王をシバく為のハリセンが必要で、そのハリセンを勇者が手に取ったという理由でこの街は跡形もなく崩れ去るらしい。馬鹿じゃないの。
そうか、いつか崩れてもいいように。役割を負えたら後腐れなく無くなれるように、ハロルドはわざわざこの滝の上に作られたのかもしれない。つまりここは、あらかじめ消えることが見越された街。
そんな悲しいことが、あっていいのか。
マチスさんも、メリーさんも、最後の日まで残り僅かだなんて知らないだろう。いや、あの二人なら知ったとしても、平凡な一日を送ることを望みそうだ。
「……だったら」
私が守るしかない。いつも守られて、気にかけられてばかりの私が、あの人達を守るんだ。
そう思うと、長老の家へと向かう足は、いつの間にかダッシュに変わっていた。
「長老!」
「うふぉっ!? ……なんじゃ、ランか。どうした?」
「あと少しでお祭りですし、それに向けて、今年は台座の補修をしませんか!?」
「補修とな?」
「そうなんですよ。角がヒビ入ってたり、結構あちこちぼろぼろなんですよ」
「そうか……」
長老は考える素振りを見せて、顎をさすさすとさすっている。ちなみにいま私が言ってることは全部嘘だ。流れるように嘘をつくこの口がちょっと怖くなったけど、そのお陰で長老は私の言葉を疑うことなく聞いている。
とりあえずあの台座に細工をするには、理由が必要だ。剣を抜くわけでもないのに、あんな目立つところに立てないし。ここは押すが勝ち。私はそう確信して畳み掛けた。
「あの剣はこの街にとって大事なものでしょう? だから、お祭りの前に綺麗にしてあげたいなって」
「ふぅーむ……ま、最後だしの。いいじゃろ、ではラン。頼んだぞ」
「え、最後?」
「いい、いい! 気にするな! それよりも、日がないぞ! すぐに取りかかるようにの! もし手を借りたければわしに言うように!」
強引に家から出されると、私は弾かれるように台座を目指して駈けた。子供がいまの私の顔を見たら、悪人面過ぎて泣き出すかもしれない。それくらい、悪い顔をしている自覚がある。
やってやるよ、勇者一行。抜けるもんなら抜いてみろ。
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