第27話

 角を曲がって広がる光景に、私達は息を飲んだ。そこは部屋のように四角く切り出された空間になっており、十名程の女性が壁に沿うように立たされていたのだ。その誰もが絶望の表情を浮かべている。

 歯が欠けてしまいそうなくらい、強く歯軋りをする。一目見て分かる。彼女はろくに眠ることも許されず、ただ立たされているのだと。食料を探す当番とやらに追い立てられ、その仕事がこなせなければ容赦なく殺される。元からこのモンスターの群れは女達が食料を得て帰ってくることを期待していない。

 要するに、本当にただの戯れなんだ。そしてここの女達を皆殺しにしたらまた町から人を連れてきて、同じ事を繰り返して。飽きたら町を滅ぼせばいい。そんな考えが透けて見えてくるようだった。


 石を積んで高くなったところに、黒い狼のようなモンスターがいる。周辺には五、六匹の赤い獣。黒いのがボスだろう。体が一際大きいし、何よりめちゃくちゃ偉そうだ。

 ふーふーという息遣いが隣から聞こえてくる。そこには鋭い目をしたマイカちゃんが、今にも噛み付きそうな勢いで黒いモンスターを睨みつけていた。


「……ラン、私、ダメだわ」

「マ、マイカちゃん……?」

「マジでキレそう」


 マイカちゃんはそう言い残すと、姿勢を低くして飛び出した。キレそうっていうかキレてるじゃん……。

 迎え撃とうとした赤いモンスター二匹の内、一匹の顎を下から蹴り砕いたけど、彼女は止まろうとしない。振り上げられ、そのまま降ろすような素振りだった脚が突如軌道を変える。風を切る音が私にまで聞こえてきた。彼女のブーツの先端が、飛びかかろうとしていたもう一匹の横腹にぐっと埋まる。

 こうなればもう、反応の早さを油断していた敵の負けだ。脚を地に付けたと同時に放たれた右ストレート。そいつは完全にバランスを崩して、変な声を上げながら囚われている女達の方へと転がっていった。悲鳴を上げて身を寄せる女性達を見て、私も何か作戦を考えたりすることを諦めた。


 もうこうなったらこのまま戦うしかない。遅れて駆け出すと、まずは蹴り飛ばされてよろよろと立ち上がろうとしている赤いのを凍らせて息の根を止めた。

 マイカちゃんが強くて分が悪いと感じたのか、事態を静観していた二匹が同時にこちらに向かってくる。振り下ろされた腕を炎の刃で燃やして隙を作り、その間にもう一方のモンスターの腹を斬って凍らせて無力化させる。右手を燃やされ、慌ててる奴にも同じように氷の刃を食らわせると前を向く。

 マイカちゃんの方も終わらせていたようで、残るは黒いの一匹になった。数だけでいうと形勢逆転だ。だというのに、黒い狼は寝転んでいたところからやっと立ち上がって、悠長に笑って手を叩いている。


「こりゃ面白ぇ。オレの手下が即死たぁ、お前らやるなぁ」

「舐めてんの? お前もこうなるんだよ」


 マイカちゃんの表情は見えないけど、きっとさっきと変わらない顔をしている。地べたを這いつくばるようなもったりとした、それでいて最大限の怒りを湛えた彼女の声が洞窟の中に響く。

 私は女性達に、座って部屋の隅にかたまっているように指示を出すと、ゆっくりと歩み寄ってマイカちゃんに並んだ。私だって怒っている。あの人達は、私が座ってもいいと言ったのに座らない。こいつが齎す恐怖に心を支配されているから。座ったら殺されるって、心の底から信じてしまっているから。こうやって私達が助けに来たっていうのに、まだその警戒は解けないんだ。何をされたら、どんなことを目の当たりにしたら、そこまで絶望できるんだろう。

 彼女達を骨の髄まで脅かす、目の前のこいつが憎くて堪らない。


「オレがどうして喋れると思う。オレはな」

「黙れッ」


 マイカちゃんはモンスターが喋り終わる前に動いた。駆け寄って高く跳ぶと、脚を振り上げて思い切り踵でモンスターの寝床を砕く。そう、砕けたのは寝床だけ。モンスターは後ろに飛び退いて、彼女の攻撃を易々と躱していた。


「……!?」

「おいおい、最後まで話をさせろって。血の気が多い女だな。オレはな、この世界の魔族の生き残りから血を分けてもらった、栄えあるモンスター、ジェイ様だ。どういうことか分かるか? オレはな、最強なんだよ。魔族の血を得たモンスターなんてそうそう居ねぇ。つまりだ」

「ちょっと待って」


 マイカちゃんが、今度は言葉でジェイとやらの話を遮った。ジェイと名乗ったモンスターは「魔族に血を分けてもらうモンスターがいるだなんて、にわかには信じられないのだろう」とでも思っているのかもしれない。「なんだ?」、そう言って得意げにマイカちゃんに喋らせた。が、彼女の発言はジェイの想像の斜め上をいっていた。


「この世界にいる魔族の生き残りから血を分けてもらったあんたが強くなったってことは、その魔族はもっと強いってことでしょ? あんた、最強じゃなくない?」


 あ、それ絶対言っちゃダメなやつ。

 私の勘は正しかった。みるみる内にジェイの表情が強張っていく。だけど、マイカちゃんは止まらない。


「その魔族死んだの? あんたが殺したって言うならまだ分かるんだけど。どうなの?」

「てめぇ!! ぶっ殺してやる!!!」

「何コイツ! 完全に逆ギレじゃない!? ラン、なんか言ってよ!」

「今のはマイカちゃんが悪いよ。いい? ジェイは自分が最強だってすごく狭い視野で言ってるんだから、肯定してあげなきゃ」

「おいゴーグルの女ぁ! てめぇも八つ裂きにしてやっからなぁ!!!!」


 先ほどの余裕はどこへやら。ジェイは全身の毛を逆立たせてこちらに飛びかかろうとしていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る