第26話

 私達は東側から町を出た。この町には西側と東側に門があるけど、私達が歩いてきた西側にはモンスターの巣なんて無かったから。おそらくはこちらだろうと当たりを付けて町を出たのだ。周辺は林で、目印になるものは特段目に入らない。町に戻る時は白い光の柱の位置から考えればいいので、困ることはなさそうだけど。


「ねぇ。勇者達、マジでムカつくんだけど」

「うん。今は被害がないんだからって。そんなの時間の問題だって、考えれば分かることなのに」


 話しながらモンスターの痕跡を探す。それはすぐに見つかった。出来れば見たくなかったものなんだけど……何かが引き摺られた血の跡があった。

 マイカちゃんと無言でアイコンタクトを取ると、静かにその跡を辿っていく。そこには食い散らかされた獣の死体があった。人ではなかったことに少しホッとしながら、だけど近くにモンスターがいるという緊張感は持ったまま、しゃがんでその死体に触れる。


「ちょっとラン、わざわざ触らなくても」

「血はまだ乾いていない。あとちょっとだけ温かい。死んでそんな時間経ってないよ、これ」

「ってことは、近くにいるかもしれないわね」


 私はリュックから出したタオルで手を拭いて立ち上がった。獣の亡骸が発している血の臭いでむせ返りそうだ。


「いざって時の為に合図みたいのを決めておこうよ」

「いいけど、どういうこと?」

「敵に見つかりたくないような状態で私が片方の剣をしまったら、マイカちゃんには伏せてもらいたい」

「なるほどね。声を発せない状況も考えられるし、分かった」


 ここに居ても臭いで気持ち悪くなるだけだし、痕跡を探しながら立ち去ろうとしたところで、小さな物音が聞こえてきた。


「来たかっ」

「マイカちゃん、今のうち言っとくけど、精霊に呼びかけるのは今回は無しね」

「……ラン、今のうちに武器出しておいた方がいいんじゃない?」

「返事をしなさいな」


 徐々に大きく近くなっていく物音に集中する。彼女が言う通りに武器を構えて立っていると、そこに現れたのは見知らぬ女性二人だった。ただの村人という格好で、私達と同じ目的でこの林に入ったとは思えない。それに、表情が恐怖に染まっていた。


「あなた達、ここで何を」

「モンスターに拉致された人ですか? 私達は討伐に来た者です」

「そう……私達は、食料を探しに……」

「どういうことですか?」


 彼女達はやはりモンスターに拉致された人々らしい。モンスターの群れのボスは人語を話すということや、かなり知恵が回る奴で、女達に食料として他の動物を狩らせていることが分かった。食料を持ち帰れなかった人は食われるのだとか。モンスターは拉致した女性達を非常食と呼んでいることも。


「何それ……許せない。ラン、行くよ」

「うん」


 怒りでどうにかなりそうだ。逃げれば町を襲うと言って脅迫し、狩りに失敗して怪我をした女性達を嘲笑い、必死な様を見て嬉しそうに手を叩くのだという。何様のつもりなんだ。すぐに向かわなくちゃ。

 女性達には町に戻るように伝えた。教えてもらった洞窟に向かう足は、自然と早足になっていた。それはマイカちゃんも同じだ。カチャカチャと小手を鳴らして、具合を確認しながら歩いている。


 教えてもらった場所に洞窟はあった。私達は迷うことなく入口を目指す。二足歩行の赤い狼のようなモンスターが入口を見張るみたいにして立ってたけど、関係ない。


「ギャッ」

「ギャギャッ!」


 ボスだけが話せるという言葉の通り、奴らは人語を話さないらしい。だけど、それなりの知能はあるようで、彼らにだけ分かる鳴き声で何やら言っている。邪魔だ。どけ。


 私は腰に提げていた双剣を引き抜いて、歩調を変えずに歩いていく。マイカちゃんは私の隣で、ガチンと拳同士を胸の前で合わせている。

 鋭利な爪を振り上げて獣達はこちらに駆け寄ってくるけど、私達は慌てない。そっちよろしく。マイカちゃんはそう言うとモンスターの攻撃を最小限の動きで躱し、身体を翻すように蹴りを放つ。蹴り飛ばされたモンスターは情けない声をあげて、私に向かっていたモンスターと衝突してそのまま地面に転がる。

 二匹とも気を失ったようだ。よろしくって言ったのに、私の分まで片付けちゃったよ、この子。


 気を取り直して中に進む。中は私達二人が並んで歩くくらいなら十分な広さだった。さっき気を失わせたモンスターはずっと大きかったから、彼らにしてみれば結構ギリギリな幅なのかも知れないけど。

 ここのモンスター達は夜目が利かないらしい。等間隔に設置されている明かりを見てそう思った。そして火を使う知性があることも。まぁあんなエグいこと考えるくらいだから、これくらいは朝飯前なんだろうけど。

 これから戦おうとしている相手は今までの敵とは違うんだ、とひしひしと感じながら、それでも足を動かし続ける。


「結構深いわね」

「うん。でも、油断しないでね」

「ランこそ」


 短い会話を交わして気を引き締め直したところで、先の通路が直角に曲がっているところへと辿り着いた。右にカクッと曲がっている道の先からはかなりの量の明かりが漏れている。この先にいる。それを確信させるのには十分だった。


「行くよ」

「当たり前でしょ」


 私達はできるだけ足音を立てないように暗い道を進んだ。


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