第207話

 完成した転送陣に背を向けて、私は胡座を組んで暗い表情を浮かべていた。頭を抱えたい気持ちでいっぱいだ。対するマイカちゃんはといえば、どうして私がこんなに深刻そうな顔をしているのか全く解せないといった様子でけろっとしている。


「小手がちょっと熱くなったり、冷たくなったり。それがどうしたのよ」

「ちょっとじゃないじゃん……こんなの連続で使ってたら怪我するよ」

「怪我が怖かったらそもそも冒険には出ないわよ」

「マイカちゃん」


 私は怒りを孕んだ声で彼女の名前を呼んだ。だけど、マイカちゃんはぷいっと顔を背けて「ふん」とか言ってる。ふん、じゃないでしょ……。


「ランは無茶をするくせに、私だけ駄目なのはおかしいわ」

「それとこれとは違うでしょ。マイカちゃんだって、使ったら怪我するって分かってる能力を私に使わせたくないでしょ」

「それは……」

「クォ〜……」


 不穏な空気を感じ取ったクーは、パタパタと飛んできて私の肩に着地する。そして鼻先を私の頬に擦り付けてきた。まるで宥められているようだ。


「クー……ごめんね。でも、どうしても話し合わなきゃいけないことなんだ」

「話し合うことなんてないわよ。いつもみたいに使えるようにしてくれたらそれでいいわ」

「しないよ」

「……!!」


 マイカちゃんは目を見開く。だけど、私は意見を変えるつもりはなかった。私の隣で膝を抱えている彼女が、手を伸ばして掴み掛かってきたとしても。絶対に。


「ランの……ばか……」


 マイカちゃんは顔を伏せて泣き出してしまった。なんとなく自分が悪いことをしているような気持ちになるけど、流されちゃだめだ。


「女の子なのに、手に跡が残ったりしたら困るでしょ」

「ランはその程度で私のことどうでも良くなるのね」

「そんなわけないじゃん」

「じゃあ手の跡くらいいいじゃない。大げさなのよ、ランは」

「駄目。あのさ、マイカちゃん。私が何を言いたいか分かる?」


 すんすんと鼻をすする音はまだ止まない。クーはマイカちゃんの肩に移動して弱った声を出している。せわしなく私達の間を移動するクーを見ると申し訳なくなってくる。


「戦って欲しくないとか」

「違うよ。異変を感じたらすぐに言ってって言ってるの。我慢しないで」

「……」


 うん、って、たった一言言ってくれればいいだけなのに、マイカちゃんは頑なだった。そこでようやくある可能性に気が付く。そういえばマイカちゃん、ルーズランドに行くときも……。


「まさかと思うけど、何かあったらマイカちゃんを置いてくって思ってる?」


 肯定はされなかったけど、私がそう訊くと、彼女の体がピクリと反応した。やっぱり……マイカちゃんってこういうとこあるよね……。


「そんなことで置いてったりしないよ。前にも言ったと思うけど、最後まで一緒に戦ってほしいって思ってるから」

「でも」

「あのね、今回の小手のことについては大体原因は分かってるし、対策もあるから大丈夫なの。私が心配してるのはその先。また何か起こったときに言ってくれなかったらって思ったら怖いんだよ」

「対策って、精霊石に力を込めないことなんでしょ」

「違うよ」


 マイカちゃんが今まで通り使えるようにしてと言ったから、私は否定しただけだ。おそらくは土地の精霊が力をたくさん貸してくれていて、精霊石にまで激しく影響が出てる状態なんだと思う。要するに、今までと違う力を付与すれば何ら問題は無いのだ。

 私がそれを説明し終える頃には、マイカちゃんは泣き止んでいた。赤い目で、縋るように私を見つめている。置いてかないって言ってるじゃん。


「風の精霊と大地の精霊に力を借りればいいんだよ。まぁ水とかでもいいけど。そうすれば熱すぎたり冷たすぎたりで怪我することはなくなるよ」

「……良かった」

「これからは違和感を感じたらすぐに言って。約束してくれないと力を付与しない」

「脅迫じゃない!」

「そうかもね。でも譲れないから」


 私はぶっきらぼうにそう言って、彼女を見た。むすっとした顔をしていたけど、長い沈黙のあと、やっと「わかったわ」と言ってくれた。


「手、出して」


 差し出された手、というか小手を両手で包むように握って力を付与する。それが終わっても、私は彼女の手を離さないでいた。


「……何よ」

「絶対おいていったりしないからね。マイカちゃんをそんな風に不安にさせてる私にも問題はあるんだろうけど……でも、信用されてないみたいで、寂しいよ」

「ランって愛情表現が希薄なのよね」

「なんとなくそんな気はしてたけど、面と向かって言われると結構傷付くね、それ」

「実際に寂しい思いしてるのは私の方なんだけど?」

「はい、ごめんなさい」


 本当に彼女の言う通りだ。そうだよね、乱暴な言い方しちゃえば被害者だよね、マイカちゃん。


「何があってもそばに居て。私もそうするから」

「……分かったわ」


 今度こそ、ちゃんと伝わった気がする。気持ちが伝わって安堵していると、後ろから「ヒュー」という声が聞こえた。


「……へ?」

「ビッッックリした……あんた達、いつからそこに居たのよ」


 振り返ると、転送陣の上には巫女四人がいて、こちらを見てニヤニヤと笑っていた。


「意外。ランってそういうこと言うんだ」

「ランちゃんだってもう大人なんだから、二人きりになったらそりゃ言うでしょー」

「普段とのギャップっていうか、結構大胆なのはあたしも意外だったな」

「終わったら声を掛けて下さいます? ここで見ておりますので」


 四人は好き勝手言って地べたに座る私達を見下ろしていた。

 慌てて立ち上がった私は、「今のは違う」なんて言いそうになったんだけど、何も違わないから「来てたんなら声かけてよ!」と文句を言うことしかできなかった。


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