第216話

 台座の右隣にはヒョーカイさん、ミスト、そしてミラが立っていた。左側にはフレイとイフリーさん、ディアボロゥがいる。剣の中で、意識の壁を作って部屋のようなものを作る、ということでミラは折れたそうだ。


「ミラ、折れてくれてありがとう。でも、ミストの何がそんなに嫌なの?」

「この人、「内緒ですよ?」って言ったことを二秒後には言いふらすレベルの悪行の前科が千個くらいあるので」

「察した」


 私もマイカちゃんのキラキラまみれになった話されたしね。でもミラもあれで大笑いしてたし……根本的には結構ウマが合いそうだから、あんまり心配しなくていいかな。


「レイ、この後はどうなるんだ?」


 フオちゃんがレイさんに振り返ると、レイさんは相変わらずのテンションで女神達に告げた。ちなみに、その後ろではクロちゃんがニールの足を踏もうとしてダンダンと音を立てている。素足を靴で踏むのは流石にやめてあげて。


「そんじゃ、みんな双剣に宿っちゃってー」

「え、そ、そんな適当でいいの?」

「うん。あたしらはやること無し!」


 そんなバカな……そう思って女神達を見ると、彼女達は淡々とした表情で剣に触れ、目を瞑った。


「ランちゃん、よく見ておきなよ。これがハロルドが役目から解放される瞬間なんだから」

「う、うん……!」


 レイさんの言う通りだ。そうしてすぐに女神達は姿を消した。代わりに双剣が淡く光っている。


 ——またな、ラン

 ——マイカちゃんと、仲良くね


 さようなら、イフリーさん、ヒョーカイさん。

 私は、ずっと二人に守られてきた。二人の力が宿った父の形見がなければ、きっとインフェルロックだって超えられなかった。

 今の声は私にしか聞こえなかったはずなのに、何故かマイカちゃんが小さな声で、さようなら、と呟いた。驚いて横を見ると、彼女は神妙な面持ちで台座を見つめていた。


「あの二人、ランのお母さんみたいな人達だったんでしょ」

「……そうだね」

「だから、挨拶しただけよ」

「そっか」


 人は、見えないものにも敬意を払える。既に二人の気配を感知できないはずのマイカちゃんもまた然りだ。やっぱりさっきの声は彼女には聞こえていなかった。それが少し寂しくて、だけど、存在を信じて言葉を投げかけることのできる彼女を素敵な人だとも思う。


「じゃ、とっととハロルドに戻るわよ!」

「だね!」


 私達は来た道を引き返して立ち止まる。後ろから付いてきたレイさんが光の手で道を作ると、入口の近くでいつの間にか眠っていたクーに声を掛けた。


「クーちゃん。出番だよ」

「クオー!」


 大きくなったクーに私とマイカちゃんが乗り込む。いつもより身軽に感じたけど、双剣が無いせいだと気付いて、少しだけ切なくなった。そんな気持ちを知ってか知らずか、レイさんは私の背中に声を掛けた。


「あたし達は後から追いつくから、先にハロルド目指しててー!」

「分かった!」


 一刻も早く街の無事を確認してこい、ということだろう。感傷に浸っている場合じゃない。イフリー達のためにも、絶対に街を平和にしなきゃ。私の返事を合図に、クーは翼を羽ばたかせ、滝の中を脱出した。

 右手にハロルドを確認する。おかしな様子は今のところ見られない。とはいえ、早く行かなきゃ。できれば勇者達が到着する前にあの剣を抜きたい。逸る気持ちに応えるように、クーがスピードを上げる。


「ハロルド、大丈夫そうね」

「うん。でも、急がなきゃね」

「当然よ。それにしてもラン、剣のことはどう説明するつもり?」

「え?」


 マイカちゃんの唐突な問い掛けに首を傾げる。説明とは、一体何のことだろう。分かっていないのが伝わったのか、マイカちゃんは呆れた様子で盛大にため息をついた。


「広場にはほぼ確実に人がいるわ。こんな天気のいい昼下がりに、街の中心に人がいなかったところ、見たことあるの?」

「あ゛」


 そんなの見たことない。私はすっかり失念していたことの重大さに気付いて声を詰まらせた。


「街の人はさぞかし驚くでしょうね。やっと帰ってきたと思ったランがいきなり伝説の剣を引き抜いたら。街が崩壊すると思ってる村長が見たらショックで死ぬかも」

「後半は若干洒落になってないからね、それ」


 自分が死ぬって思ったらそうなってもおかしくないくらいの年齢だからね、村長。

 まぁ冗談は置いといて、剣を抜くのは慎重にしなきゃ。何もかもがマイカちゃんの言う通りなんだから。


「今度こそ台座を修理するって言って、もう一度周りから見えないようにする、とか?」

「私はそれでも構わないけど、そんな準備してる暇あるの?」

「あう……」


 多分無いですね、はい。あったらいいけど、最善策とは思えない。

 まさかマイカちゃんに論理的に説き伏せられる日が来るとは思わなかった。


「と、とりあえず、ハロルドに行ってから考える!」

「それもそうね。もう地上に着くし」


 クーは崖に辿り着くと、私とマイカちゃんが降りやすいように背中を低くしてくれた。

 お礼を言って、私とマイカちゃんは名残惜しむように頭を撫でる。クーはニコニコして喉を鳴らしていた。それから、クーの口に体力が付く木の実をいくつか放ってあげて、再び飛び立つ姿を見送ると、私達は歩き出した。ハロルドに向かって。

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