森の中にて
第55話
木漏れ日が差し込む森。前に通った時は時刻が遅かったこともあって、少し恐ろしかった。だけど、今は何処か懐かしい気すらする。ここを通ったときには、予想だにしていなかったことがたくさん起きた。そうしてそれらを乗り越えて、私達はここにいる。自分の成長のようなものを感じて、ちょっと悪くない気分だ。
滑って転んだりしないように、一歩一歩道を踏みしめていく。しばらく進んだ頃、マイカちゃんはレイさんに向いて口を開いた。
「そういえば、翻訳機って私達三人にしか渡されなかったじゃない。レイはやっぱりサライみたいに他の国の言葉が喋れるの?」
「え? サライみたいに?」
「サライちゃんは私達を探すために、ルクス地方の言葉を勉強したって言ってたよ。それにコロルさんとも普通に喋ってたじゃん」
「サライみたいに、というより、もう少しネイティブっぽく喋れるんじゃないかな。あの子、あんまり語学得意じゃなかったし。ルーベル学院の生徒でその地方のドワーフの言葉喋れない奴の方が稀だよ。にしても、そっかぁ……あたしの為に、そこまでしてくれたんだ……」
レイさんは妹が苦手なことを精いっぱい頑張ってくれた、というところで何やら感激しているようだけど、ちょっと次元が違い過ぎて全然ついていけない。いやあの人全然違和感なかったよ。同じ地域の出身の人って言われても普通に信じるくらいに。
とりあえず、彼女が居れば大体の人間と意思疎通できるようだ、と理解しておいて間違いはなさそうだから、もうそれでいいや。
「もしかして、あの小屋がそう?」
「あぁそうそう。前は一日泊まったんだけど、家主が現れなくてさ。無人だろうから住んじゃおっかって話してたの」
「なるほどね。ちょっと狭そうだけど、いいところじゃん。あたしは研究ができればなんでもいいし。クロちゃんはあたしが居ればなんでもいいもんねー?」
「逆。レイが居ないならもうなんでもいい」
クロちゃんは心底鬱陶しそうな顔をして、ずんずんと小屋を目指して歩いていった。私達も後を追うように続く。
念のためノックしてみる。しばらく待つけど、誰もいない。ドアを押してみると、なんの抵抗もなく、そのまま開いた。
やっぱり誰もいないようだ。そう確信して中に立ち入って、私を含むレイさん以外の三人は固まった。
「……家具の配置、前と違わない?」
「うん、違う。っていうかベッドのシーツ。あんな色じゃなかったでしょ」
「それを言うならキッチンのテーブルクロスだって」
私達は違和感を感じた箇所を列挙して、そうして結論が出た。それは「ここ絶対無人じゃないじゃん」というものだった。
四人で部屋の中央にかたまっていると、ドアが開いた。心臓が飛び出そうになったけど、よく考えたら私達よりもここの家主の方が怖いと思う。自宅に知らない女が四人もいるとか、冗談でも考えつかないシチュエーションだよね。
「誰!?」
「ご、ごめんなさい! 私達、決して怪しい者じゃ」
「いやいや、あたしらめっちゃ怪しいって」
「レイさんは黙ってて。えっと、悪気はなかったっていうか、その」
「あ! ランさん!?」
「……へ?」
入口に立って私を見る女性は、目が合うとそう言った。私のことを知っている……? もしかして、鍛冶屋さんとしてのお客さん? いや、私を訪ねて遠路はるばる来るような人、追加効果の付与くらいでしかいないだろうし。この人絶対武器とか持ってないよね。
誰か思い出せずにいると、私よりも先にマイカちゃんが声を上げた。
「コタンの町のモンスター討伐で、一番最初に会った人じゃない……?」
「え!?」
あのときは痩せ細っていて、顔色も悪かった。そうか、面影なんてあるはずないんだ、いつ死んでしまってもおかしくないような極限状態にいたんだから。女性は思い出されたのが嬉しかったらしく、ニコニコと笑って私達に握手を求めてきた。
「あの時はご挨拶できなくてごめんなさい。あのあと、なんとか町に辿りついた私達は簡単に事情を話したあと倒れてしまって……目が覚めた頃には、二人とも旅に出てしまっていたんです」
「いいえ、とんでもない。こうして元気な姿を見れて良かったです」
「あと勝手に家に入ってごめんなさい」
「ごめんなさい」
マイカちゃんが謝ると、クロちゃんもそれに続く。私も頭を下げて、レイさんはぼんやりしていたので頭を押して無理矢理下げさせた。
「いいんですよ、やめてください。命の恩人が家に入ってきたくらいで、そんな。それにカギが掛かってなかったんですよね?」
「まぁ、それはそうなんですけど……」
そうして私は事情を話した。前回ここに訪れたときの話とか。そこから遡って改めて謝ったり、それでクロちゃんとレイさんの隠れ家を探していることなんかも。
二人が柱の巫女であることは当然ながら伏せてある。不用意に知らせて関係のない人を巻き込みたくなかった。
しかし、そんな配慮も空しく、レイさんは言った。ちなみに私が光の柱の巫女で、こっちが黒の柱の巫女なんだけど、と。
もう絶句した。こいつの頭ハンマーでかち割ってやろうか、とか、逆に尊敬するとか、色んな気持ちを抱えた結果絶句した。
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