第56話

「光の巫女、ですか……?」


 唐突にとんでもない事実を告げられた女性は、あ然としながら私達を見つめている。事情を知らない人が聞いたら引くに決まってるじゃん。世界を騒がせている騒動の張本人達が目の前に居るんだから。


「ランちゃん、そんな顔しないでよ。住まわせてもらうのはあたしらだよ? 君の配慮は分かるけどさ。やっぱり何も知らされてない人と暮らすなんてめちゃくちゃだって」

「それは、むう……確かにそうなんだけどさ」


 私が言葉に詰まっていると、助け舟を出してくれたのは、意外にも家主の女性だった。


「ちょっとびっくりしちゃったけど、だからって私の命の恩人であることには変わりはないですし。二人がいいなら全然居てくれて構わないです。帰ってきたら旦那にも言っとくし」

「え、旦那さん?」

「あ。いや。まぁ……いっか。そうなんです。ちなみにいっつも鍵掛け忘れるのがあの人で」


 呆れた表情で旦那さんを思い浮かべる女性は、ほんの少しだけ顔が綻んでいた。困った人だけど、本当に好きなんだなぁというのがなんとなく伝わってくる。


 とりあえずは急ぐ用事もなくなったし、私達は彼女、タラさんの旦那さんを待つことにした。二人はコタンの出身らしい。なんでわざわざこんな離れた森の中に住んでるのだろう。ワケありっぽいけど、土足でずかずかと踏み込むワケにもいかなくて、私達はソファやダイニングテーブルに座って出されたお茶を飲んでいた。


「ごめんなさい、こんなものしか出せなくて」

「あ、いいえ。お構いなく」

「タラ達はここで住むようになって長いのかしら」


 マイカちゃんがキッチンに食器を片しながら問う。そういえばどうなんだろう。建物自体はこぢんまりとしつつも、わりと新しいものに見える。


「私達がここで暮らし始めたのも、実を言うとここ一、二年なんです。だから最近やっと生活に慣れてきたって感じで」

「そうなんだ。家は自分達で?」

「元々あった空き家を綺麗にして使ってるだけですよ。外壁なんかは知り合いに頼んだりしながら」

「もしかして、新婚さん?」

「う、うーん……そうなるのかな。ちなみに新婚生活で一番の大事件はモンスターに捕まって九死に一生を得たことですね」

「壮絶過ぎますよね」


 せっかく生き延びたんだから、これからは平穏な日々を旦那さんと過ごして欲しい。そんなことを心から考えながらカップに口を付ける。


「ただいまー」


 私達がタラさんともすっかり打ち解けて部屋で寛ぎ始めた頃、ドアを開ける音ともに声が響いた。私達は目を見開いて振り返った。理由は簡単だ、この家に帰ってきた、恐らくは旦那さんであろう人物の声が、明らかに女性のそれだったから。


「えー……と?」


 扉の前で立ち尽くす女性に、タラさんが事情を説明する。その間、私はどこかで見たことがある気がするの顔を見つめていた。

 タラさんが話し終えるのとほぼ同時に、その既視感の正体に気付いたのだ。


「もしかして、タラさんと一緒にモンスターの食料探してた人!?」

「すごい、よく分かったね……私達がこんなところで暮らしてる理由についてはなんとなく察しが付いたと思うけど、まぁそういうことなんだよね。あの時は本当にありがとう。私達で力になれることなら協力するよ」


 私が全てを察した頃、隣にいたマイカちゃんはかなり遅めにこの状況を理解し始めていた。まぁ、それ自体は分からないでもないけどね。私もびっくりしたし。


「……女の人?」

「え、うん。え? 私、男に見える?」

「昔よりは大分女らしくなったよ」

「だよねー」


 タラさんと、アンリと名乗った女性は間の抜けた会話をしながら笑っている。本当に、初めて出会った時の二人とは想像もできないくらい幸せそうな姿だ。


「マイカちゃんだっけ? マイカちゃんは私達に二人を預けるの、もしかしてイヤ?」

「べ、別にそうとは言ってないでしょ!」

「そう? なら良かった。あ、でもタラと一緒に寝るのは私だからね」

「私と寝たがるのなんてアンリだけでしょ」

「そうかなぁ」


 タラさんも十分穏やかな人だけど、アンリさんは更に大らかな人のようだ。いい人達で良かった。

 私達はそれから少し話をして、アンリさん達の家を後にした。クロちゃんとレイさんとはしばしの別れだ。彼女達は新たな封印の剣を設置するのに相応しい場所を調べておいてくれるらしい。いつまでも二人のお世話になるのは心苦しいので、近場に家を建てるだなんてめちゃくちゃ言ってたけど、レイさんなら本当にやっちゃいそうだ。

 とにかく、私達がすべきことは柱を消すことと、新たな剣を作ること。ほかの事はレイさん達に任せる。


 私達は森を歩きながら雑談を交わす。なんだか釈然としない様子のマイカちゃんに、出発してからずっと引っかかっていたのだ。


「ああいうの、初めて見た」

「あぁ。うん、私も。でも別にねぇ、どうってことないでしょ」

「そうかな」


 ”ああいうの”が何を指しているのか、分からないほど私だって鈍感じゃない。だけど、こんなにショックを受けるような内容でもないと思う。


「……いい人達だったじゃん。二人のことを預けておいて、それはないんじゃない?」

「だって、そうするしかないって思ったし」

「……わからず屋なんだね」

「そうじゃなくて。なんか、もやもやする」

「はぁー……」


 思ったよりもマイカちゃんの頭が固くてびっくりした。こういうの、彼女は気にしないタイプの子だと思っていたのに。


「あんな選択肢を目の当たりにしたら、どうしたらいいのか分かんなくなる」

「どういうこと?」

「いい、忘れて。とりあえず、二人が同性カップルだったからって、それがイヤとか、そういうんじゃないから」

「……分かったよ」


 マイカちゃんが何を言いたいのかはよく分からなかったけど、二人を悪く言うつもりがないならもうそれでいいや。あんまり追求すると喧嘩になりそうだし。私達は久々に二人きりになって、旅を再開した。

 目指すは極寒の地、ルーズランドだ。


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