第81話

 ドロシーさんが参戦して見事に精密射撃を決めてから、山賊は距離を詰めてくることを辞めた。まだ向こうの射程圏内に入っていないのだろう、そしてドロシーさんはその距離からでも正確に相手を狙うことができる。彼らが命を懸けて距離を詰めたがらないのは当然だ。

 このまま逃げ切れる、マイカちゃんは確信したようにそう呟いた。だけど、私は嫌な予感がして仕方がない。やけにお利口さんっていうか、向こうの諦めが良過ぎるっていうか。この違和感の正体を突き止めるように考え続けて、やっと分かった。


「ルーク! 止まって!」

「はい!?」

「いいから!」


 私がふざけているわけではないと悟ったのか、必死の呼びかけに反応して、ルークは強く手綱を引いてくれた。馬がいななき、馬車は急停止する。荷台の中で転げながらみんなが痛いとか声を上げたけど、背に腹は変えられない。

 当然、この判断を正しいと信じているのは私だけだ。ドロシーさんは私の指示の意味を考え、マイカちゃんに至っては私の背中を強く叩いて非難した。一瞬息が止まったよ、背中取れちゃう。


「何考えてるのよ!」

「山賊が追ってこないのって、罠があるからじゃないかな」


 私がそう言うと、マイカちゃんは驚いた表情を見せて、すぐになるほどと呟く。

 そうだ、追いかけてこないなんて、おかしいんだ。そういう判断をするにしても、もう少し悪あがきするはず。こんなところ、頻繁に馬車が通る訳ないんだし。

 この先に罠があるなら、急いで私達を止める必要はない。動けなくなった後に、ゆっくり積荷を頂けばいいんだから。


「そうか……ま、山賊に襲われた時点で本格的な戦闘は避けられない。罠の可能性があるなら、ここで止まって迎え討った方が得策だ」

「本格的な戦闘は避けられないって、どういう意味よ」

「この先の山頂に俺たちは荷物を届ける。距離はそんなに無い。俺達が無事に荷物を届けることができたとしても、届けた荷物はすぐに賊に奪われちまうだろう」


 彼の言う通りだ。小屋に荷物を届けるように言われているけど、そこに人がいるとは聞いていない。もし誰もいないのであれば、いや、居たとしても受取人もろとも賊の餌食になっておしまいだ。


「俺達の仕事はこの荷物を届けること。つまり、あの賊共を二度と襲ってこないように降伏させる必要がある」

「なるほど、圧倒的な力の差を見せつけるか殺すかするってことね」


 マイカちゃんは淡々とそう言ったけど、即座に殺すって選択肢が出てくるのはおかしいよね。そんなことしないだろうって分かってはいるんだけど、彼女の発想の物騒さが既に怖い。


 そうこう話している間にも、賊達は馬で距離を縮めてくる。そしてある程度距離を取って馬を止めた。ドロシーさんの牽制の効果は絶大のようだ。一気に攻め込まれることはなさそうだけど、お互いにいつまでも睨み合っているわけにもいかない。

 荷台の後ろはドロシーさんがいるからいいとして、現在一人になっているルークが心配だ。マイカちゃんを行かせても遠距離攻撃はできないし。ドロシーさんの姿が見えなくなれば、背後の賊達が距離を縮めてくるかもしれない。そうなるとあとは消去法だった。


「私、ルークのとこ行くから」

「え、ちょっとラン」

「こっちは任せたよ」


 そう言って私は急停止でぐちゃぐちゃになった荷台の荷物を掻き分けながら前の方に回り込んだ。

 ルークといえど、気軽に挨拶できるような状態ではない。こんなに真剣な横顔、初めて見た。当然か、命が懸かってるんだから。


「来たよ、ルーク」

「正直助かる。前方の気配を探りながら、道の状態にも目を凝らしてたんだ。この道の先、ちょっと出っ張ってるの分かる?」

「え? うーん、よく見えないけど」

「あれ、多分落とし穴だよ。ランが警告してくれなかったらヤバかったかも」

「避けて進むことはできそう?」

「それは出来るけど、避けた先にも落とし穴がある可能性はあるよね」


 私は「確かに……」なんて情けない声を出しながら、道の端っこを見やった。あっちの方は草が生えてるから、近付いても分からないくらい巧妙に罠が隠されている可能性もある。


「ドロシーさんが言ってたの、聞いた?」

「うん。ごめんね、戦力にならなくて。私、ホントに運搬以外はちょっと……」

「ずっと私達を運んでくれてたのはルークじゃん。謝らないでよ」


 私はルークと話をしながらも考えていた。この戦いを収束させる方法を。最悪はマイカちゃんが言うように皆殺しフェスティバルを開催するしかないんだろうけど、そんなことしたくないし、そもそも私達だって無事でいれるか分からない。


 もしかすると難しい顔をしていたのかもしれない。ルークは私の顔を覗き込みながら「どしたの?」と囁いた。


「考えてるんだよ。どうやったら犠牲を最小限に抑えられるかって」


 額に手を当ててぼやいてみると、後ろから馬を駆る音が聞こえた。遂に向こうが距離を詰めてきたんだ。

 私は座席から立ち上がりながら、マイカちゃんの名前を叫んだ。

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