第25話

 私達は聞き込みで得た情報を教え合って整理していた。

 まずは山の中にある国境の関所について。こちらは通行証をいくつかの町で発行してもらう必要があるらしく、それはここコタンの町でも発行してもらえるらしいとのこと。食事が終わったら早速発行所に向かうことになった。

 そしてキリンジ国について。マイカちゃん達もあの国で滅多なことは言わないよう口止めをされたらしい。理由は教えてもらえなかったと首を捻る二人に、私がおばちゃんから聞いた信仰絡みであるらしいという話をすると、合点がいったらしく「あぁー……」なんて遠い目をしていた。

 私達に信仰心がないかと聞かれれば、答えは否だ。だけど、ハロルドの街の人は結構現実主義というか、熱心に何かを信仰しているような人はあんまりいない。その点で言うと、オニキスニエで巫女なんてものをやっていたクロちゃんの方が感覚を深く理解しているようだった。

 本当に面倒なことになるから滅多なことは言わない方がいいと思う、という彼女の意見を真面目に聞き入れようと思う。


 私達がそんな話をしていると、隣のテーブルの人が「ちょっといいかい」なんて声を掛けてきた。変な人達には見えない。どこからどう見ても普通の熟年夫婦だ。


「はい、なにか」

「あんた達、旅人だろう?」

「そうですが」

「どっちの方から来たんだ?」


 どっちの方、というのは、キリンジ国か、オニキスニエか、ということだろう。この町でも黒の柱の噂が飛び交っているのは、先ほどの聞き込みで身に沁みて理解した私は、少しだけ濁してアクエリアの方からです、と答えた。

 嘘ではないよね。オニキスニエだって同じ方角だし。だけど、なんとなくその村の名前を出さない方がいいと察知したのは私だけらしい。


「? まぁ間違いではないわね」

「私は二人がどこから来たのかはよく分からないけど。オニキスニエから合流してるし」

「オニキスニエ!?」


 ねぇクロちゃん。ばか。本当にばか。おばか。ばかのかたまり。

 そんなのここの人に言ったら……。


「黒の柱について何か知ってるかい!? 急に消えて、みんな気味悪がってんだよ!」

「気味が悪い? それって巫女である私に」

「違う違うちがーーーう! 気味が悪いっていうのは、君が悪いって意味じゃないからクロちゃんはもう黙ってようねーー!!」

「む。私だってそれくらい分かる。私が言ってるのは」

「いいから黙ってて……!!!」


 身を乗り出して、テーブルを挟んだところに座っているクロちゃんの両肩をがっしりと掴んで必死に黙らようとしている。その様子を見たマイカちゃんも、ようやく余計なことを言わない方がいいと理解してくれたみたいで、静かに拳をクロちゃんの前に差し出して沈黙させてくれた。やってることが完全に脅迫だけどもういい。この際いい。黙ってくれるならなんだっていい。

 私はおじさん達に愛想笑いをして取り繕い、私達も急に柱が消えてびっくりしちゃったんです、なんて言って調子を合わせた。


「あっちの方でなんか変わったことはあった?」

「いいえ、あ、もちろんみんな急に柱が消えちゃって驚いたりはしてましたけど、ホント、一体何があったんでしょうね」


 A.私達がクロちゃんを連れ出しました

 だけどこんなこと言えるわけないし。いきなり話し掛けて食事を邪魔してしまったお礼として、そのご夫婦は通行証の発行所の詳しい場所を教えてくれた。


「ありがとうございます。助かります」

「ただ、しばらくは通行証は発行されないんじゃないかしら」

「え、どうしてですか?」

「実は、ここ最近人が消える事件があってな。それも女の子ばっかりがいなくなってる」

「え!? 大事件じゃないですか!」

「しー……! 町の評判が悪くなるからって、町長にみんな口止めされてるんだ。だから、僕達がこんな話を教えたというのは、内緒にしてほしい」


 おじさんは声を潜めてそう言った。もちろん、誰にも告げ口したりなんてしない。私が暗い表情を浮かべていると、マイカちゃんはおじさん達へと向いた。


「その事件はとても痛ましいですけど、それと許可証の発行になんの関係が?」

「誰がやったか分からないから、かな。何かの手違いで犯人を国外に脱出させると色々問題になるだろう。今は適当な理由をつけて発行所をストップさせている状態らしい。町外れにあるモンスターの巣の連中が悪さをしているに違いないっていうのが僕含め、この町の人の考えだけどね」


 おじさんとおばさんは「だから早く掃討要請を出せと言ったんだ」とか「そうは言ってもこの町には国に払えるようなお金が無いんだから仕方ないでしょう」なんて話をしている。


「前にここを訪れた勇者様とやらが引き受けてくれていたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに」


 おばさんは悲痛な表情でそう呟いた。いま、なんて言った?

 私とマイカちゃんは顔を上げて、同時に「どういうことですか?」と口にした。聞き捨てならない事情が見えてきた。それを半ば確信したのは、私だけじゃないだろう。


「いえね、セイン国の王子を名乗る勇者一行が少し前にこの町に立ち寄ってね。私達は藁にもすがる思いで、モンスターの討伐をお願いしたのよ。だけど、被害が出てないなら急ぐ必要はないから他を当たって欲しいって、断られちゃったの」

「僕は、あの青年達は好かないな。弱者の八つ当たりだということは分かっているが。魔王さえ倒せれば、多少の犠牲は厭わないという姿勢がどうにも好きになれない。まぁ彼らが本当にセイン国の王子で勇者なのかどうかなんて、確かめようもないことだけどね」


 はぁ?

 あの顔だけ勇者はここでもそんな……。はぁ……?

 私達は先を急いでいる。許可証はすぐに発行してくれないと困る。ならやることは一つだ。

 私は低い声でマイカちゃんの名前を呼んだ。名を呼ばれてすぐに、彼女は同じように低い声で「うん」と言った。


「ごめん、寄り道する」

「買い食いするなら付き合うわ」


 私達は立ち上がる。困惑しているクロちゃんを見て、夫婦に「この子、しばらくお願いできますか?」と聞くと、彼らはすぐに快諾してくれた。巫女である彼女を余計な危険に晒す訳にはいかないので、今回はお留守番だ。大丈夫、絶対帰ってくる。


 テーブルを離れて颯爽と店を出る直前、店員さんに呼び止められる。今の会話を聞いていたんだろうか。真面目な顔で振り返ると、「あの、お勘定……」と言われて、ちょっと死にたくなった。


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