第65話
中央区に到着するとマイティーミートの行列に並ぶ羽目になった。チケットは持っているけど、席は予約していない。その辺りをすっかり失念していた私は、マイカちゃんに平謝りしながら行列に並んでもらうことになった。
ぶっちゃけ私そこまで悪くないと思うんだけどね。マイカちゃんだってその発想が無かったわけだし。私だけの責任になるの変だよね。
とにかく、そんなこんなでやっと食事にありつくことができて、私達は食事をかなり進めてから、やっとお互いに話すくらいの余裕が出来た。食べ放題と知ったときのマイカちゃんは、特に怖かった。戦闘中ですら見せないような鋭い眼光で「少し、本気を出す」と呟いて椅子に座り直したのだ。目を合わせたら死ぬかなってちょっと思った。
今は普通のマイカちゃんだ。ほっぺを膨らませながらスペアリブを頬張っている。ちなみに、彼女の前にあるお皿には、スペアリブの骨だけが六本くらい転がっていたりする。
「そんな大金もらっちゃっていいのかしら」
「支度金って言ってたからね。私達がこの街に滞在する宿代なんかも含めての金額だよ、これ。要するに経費の前払い」
「それにしてもちょっと多くない?」
「ちょっとどころじゃないよ。そろそろ路銀が怪しくなってきたから、助かるけど……こんなに羽振りがいいなんて、よっぽど危険で重要な仕事なんだろうね」
マイカちゃんには私が支度金でいくら受け取ったか知らせていない。大金の規模を計りかねたらしい彼女は、骨を持ったまま首を捻った。
「億万長者ってやつ?」
「そこまでじゃないけどさ」
このタイミングで、マイカちゃんがお金のことを気にしてくれるのは有り難かった。どうしても彼女に伝えたいことがあったから。
「マイカちゃん、提案があるんだけど」
「何?」
「私達、もしこの仕事を無事にこなせたら……」
だめだ。この上なく言いにくい。
っていうか、マイカちゃんって働いたこととかあるんだろうか。内職してたって話も聞かないし、マチスさんの手伝いなんてしてなかったし。
そんな子に一緒に働こうとか言いにくいな……やっぱり私が稼いでくるから宿で待っててって言おうかな……。
「え、何? 結婚?」
「なんでさ」
びっくりしちゃった。言われてみれば、プロポーズの前置きっぽかったかもしれないけど。
すごい勘違いをされたと思ったら、なんかもういいやって気持ちになれて、私はやっと今後の展望について、考えを打ち明けることができた。
「ハブル商社でしばらく使ってもらえないか聞いてみない?」
「あぁ。路銀稼ぎかしら」
「それもあるけど、あとはルーズランドへの行き方も調べなきゃだし」
「そうだったわね。今度、ルーク達に聞いてみましょう」
マイカちゃんは元気よくそう言って、薄く切られたお肉を味わうようにフォークで口に運んでいる。問題は全て解決した、と言いたげな彼女だが、私の心は晴れない。
「ただ、ルーズランドの名前、ちょっと出しにくいんだよね。あそこはただの情報すら正しく伝わっていない可能性がある地域でしょ?」
「前に言ってたわね、そんなこと。柱の周りは暖かいんじゃないかとか、それが一切伝わっていないのはおかしい、とか」
「そそ。それに、あそこは重罪人の流刑地だって、レイさんも言ってたし」
「そうね。今までのようにはいかないかもってことは理解してるわ」
一応は私の話もちゃんと聞いてくれているらしい彼女は、真面目な横顔でそう言った。
「これはジーニアの図書館で見かけたことなんだけど、ルーズランドって、赤の柱の封印が解かれるまで、多分ほとんどの人に認知されてなかったんだよ」
「え。そうなの?」
「うん。というか、名前が付いてなかったって感じだと思う。報道用に急遽名付けられたらしいよ。とある地方新聞に書かれていたことだけど」
ジーニアには各地の新聞が何十年分と保管されているらしい。私はそのいくつかに目を通して、当時の混乱を改めて紙面から感じようとしたのだ。
「ちょうど一年くらい前に赤の柱が現れた時、多分地名くらいは新聞に載ってたと思うけど、ピンときた?」
「まさか。私は地図もダメだし、地理もダメよ」
「だからなんでそんな偉そうなのかな」
他の街から離れたところに位置してる事と、世界地図から省略されてしまう事もあるような土地のせいか、私達ハロルドの人間は本当に地理に疎い。というか、基本的に無関心なのは間違いない。
「まぁ私もピンと来てなかったんだけどね。遠い村の出来事だと思ってたから、そんなに気に留めなかったし」
そうして私は図書館での話をした。各地の呪文を調べても、不自然にルーズランドの呪文だけが見つからなかったことについて。
「呪文のこと調べてもね。ルーズランドなんて地名載ってないんだよ」
「……なによ、それ。どういうこと」
呪文に関する本について、とある地方の表記の仕方が様変わりしたことだ。最初は載ってたり載ってなかったりの国もあるんだなぁとスルーしていたけど、その本の発行日を辿っていくと謎が少し解けた。
昔の本には記載されているとある土地が、最近の本ではすっかり無かったことにされてしまっていることが分かったのだ。その土地がルーズランドであるという確証は無かったけど、あそこが流刑地だったと知っている今は、なんとなくそんな気がしてる。
昔の本にしか載っていない、ある土地の呪文。その目次にはこう書かれていた。
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