魔法と冷気と拳と勇気
第225話
私は走った。フオちゃんは言った、ニールのことは任せろ、と。身体はもう、痛くない。体力も少し戻っている気がする。フオちゃんが治癒の力を精霊石に込めて、私にぶつけたんだ。
結構な勢いでぶつかったから普通なら頭から流血しててもおかしくないんだけど。っていうか多分そうなってるんだけど、同時に治癒の力が働いて、私の頭には衝撃だけが走った。
そしてそれは私の腹部の痛みも癒やした。彼女は、本当にすごい能力者だと思う。女の子の趣味は大分アレだけど。あと、いくら即座に治癒するって言ったって仲間の頭に硬い石をぶつけるのはどうかと思うけど。もういい、あんまり考えないようにする。
戦闘を続けるマイカちゃんの背中を追いながら声を張り上げた。
「マイカちゃん!」
「ラン!?」
彼女はウェンの拳をバク転で躱しながら私の姿を確認する。強くて可愛い。しかし、敵が仲間と合流することに、ウェンは黙っていなかった。
「おいおい! 二対一かよ!」
「そっちだって勇者とヴォルフで私を攻撃したんだ、ズルいなんて言わせ」
「両手に花じゃねぇか!」
……この人、もしかしたらちょっとバカなのかな。だけど実力は本物だ。マイカちゃんとここまで互角にやりあった生き物なんて、いつかの魔族もどきくらいしかいない。……マイカちゃんって本当にすごいな。
私は息を切らしながらやっとの思いで彼女の隣に並ぶ。血の付いた私の服を見つめてはっとするマイカちゃんに、フオちゃんに治してもらったから大丈夫とだけ告げてひとまず安心させる。
「そんじゃ役者も揃ったみたいだし、本気見せてやるぜ!」
これ以上の本気なんてあってたまるか。そう言いたかったけど、ウェンのそれはハッタリではないらしい。私達から少し離れると、全身に力を込めるように身を屈めた。
「うおおおおお!!」
「お願い! あいつを止めて!」
厄介なことをされる前になんとかしなくちゃ。私は光の精霊に力を借りた。空から降り注ぐ無数の光の矢がウェンを襲う。彼は構えを解いて身を翻した。
「っぶねぇな! 待てよ! こういうときは!」
「待ってたらめんどくさいことするんでしょ?」
「それは、そうだけど……お前らに矜持ってモンはねーのかよ!」
「ある? マイカちゃん」
「逆に訊くけどあると思う?」
マイカちゃんは腕を組んで呆れた顔をして私を見た。分かってるでしょ、そんなの。そう言いたげな顔に笑いそうになった。そうだよね。
「この街を守れれば、私達はそれでいいんだよ。ウェンには分からないかもしれないけど」
「わかんねぇな。対峙してる相手の全力を受け止めようとしないのは、悪者のすることだ……そうだろぉ!?」
対話はただの時間稼ぎだったらしい。ウェンの姿がみるみるうちに変わっていく。指の一本一本が刃のように伸び、上半身は大きくなって道着を破ってしまった。肩の筋肉がボコボコと蠢いていて結構グロテスクだ。
「ウェン。私達は悪者でもいいって、最初に決めたんだ」
そう、最初に決めた。旅を始めた頃。アクエリアを出る船の中で、マイカちゃんに私の旅の真実を告げた時に。二人で。
「だから、今更だよ」
私はマイカちゃんの肩に手を置く。私が右手に握っている剣と、彼女の小手に装着されている精霊石とを意識して。剣に宿る力を、小手に流すイメージをする。今の私はそれをするためのただの装置だ。最も効率的に力を流す装置。あとは、マイカちゃんが決めてくれる。
「そういうことよ! ウェン!」
「面白ェ!! ちんたら戦うのはもう終わりだ! 一発でキメようぜ!」
一歩踏み出す毎に、ウェンはすごい速度で距離を詰めてきた。本当に一撃で決めるつもりだ。だけど、私は逃げなかった。私がマイカちゃんから手を離せば、彼女は力を外に放出することができない。心中するつもりはない。本当に必要ならしてもいいと思ってるけど、今はその時じゃないだろう。
「奇遇ね! 私もそう思ってたところよ!!」
マイカちゃんは拳を突き出す。同時に放たれた四属性の力。剣に封印されていた力が交錯し、うねりながらウェンへと一直線に飛んでいく。避ける時間はない、マイカちゃんは十分引きつけてから力を放った。
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
ウェンはガードすることより、果敢にも突き進むことを選択したらしい。最後に見たのは振り下ろされるウェンの両腕。マイカちゃんの放った力を叩き潰そうとしたように見えた。
光が爆ぜる。
遅れて音と爆風。
私は目を細めてウェンが居たところを見つめた。だけど、そこに彼は居なかった。マイカちゃんに触れていたはずの手が離れていて、横を見ると私を突き飛ばした彼女の腕が見えた。
「マイカちゃん!」
土煙の中から黒い巨体が現れる。ボロボロになってしまった五本の刀のような爪が生えた手を振り上げて、マイカちゃんへと駆ける。だけど彼女は逃げなかった。右足を後ろに引いて、固く握った拳。それを突き出す直前で手を開いて、ウェンだったものをしっかりと抱き留めた。
「もう十分よ、ウェン」
凶器になった腕を振り下ろすだけの力は残っていなかったらしい。マイカちゃんは直前でそれに気付いたんだ。私は尻もちをついて、おそらくは世界最高峰の格闘家達のやり取りを見上げていた。
彼女がそっと手を離すと、ウェンはうつ伏せに倒れた。嫌な奴だったけど、もしかしたら、悪い奴ではなかったのかなって。そう思った。
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